テラーノベル
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「迅ちゃん?」
彼の部屋に入った鳴海は、主のいない部屋で立ち尽くした。
呼びかけても、当然返ってくる声はない。
焦る気持ちを抑えながら部屋を見回していると、不意に机の上に置いてあるメモが目に入る。
そこには一言…”申し訳ない”と綴られていた。
メモを見て鳴海は部下に電話して探すように指示を出し無陀野の部屋へと急いだ。
夜という時間帯もあり控えめにノックをしたが、こちらの主はすぐに姿を見せる。
「鳴海。どうした?」
「遅くにごめんね。今、迅ちゃんの部屋に行ったらこれが…」
「……部屋にはいなかったんだな?」
「うん。もしかしたら病院に行ったのかも…」
「可能性はあるな。…あいつらをさっきの場所に集めてくれ。俺もすぐに行く。」
「分かった…!」
10分後…
鳴海の呼びかけに応じ、羅刹の生徒たちは再び集合した。
そして並木度も含めた全員で、起こった事態を共有する。
鳴海が持って来たメモを見せながら、無陀野は静かに話し始めた。
「これだけ置いて、皇后崎が消えた。」
「あいつ、何やってんだよ。」
「でもあいつの様子おかしかったな。少し変だったぜ?なんか…らしくねぇつーか…」
「そうなんだよね…事故にあった女の子のこと、かなり気にしてたし…」
「最悪のケースを見越して動いた方がいいかもですね。」
「さっきの件で桃も警戒しているだろうしな。」
周りにいた練馬の隊員たちは、無陀野の話を聞くなりザワザワと落ち着かなくなる。
練馬の桃太郎が動くかもしれない…と。
「この辺の桃太郎ってヤバいの?」
「練馬区担当の桃太郎は…いろんな意味でヤバいね。」
場所は変わり、桃太郎機関22部隊(練馬)の事務所内。
最奥にある部屋には、部隊のツートップ…隊長・桃華月詠と副隊長・桃角桜介が顔を揃えていた。
真面目な顔で10段のトランプタワーを作っている変わり者と、そんな上司にタメ口で話しかける色黒の男。
訪問者である桃寺神門は、初めて相対する2人を不思議そうに眺めていた。
だが神門と共に訪ねてきた、彼の上司である桃巌深夜は、臆することなく練馬コンビへ”うまい話”を持ちかける。
「うまい話?人のシマ入って何ほざいてんだ?管轄外の勝手な行動なら、規律違反って名目で殺すぞ?」
「お前らも喜ぶ話だぜ?」
「黙れ。テメェは信用ならねぇ。」
「(深夜さん嫌われてるなぁ。根本の部分は一緒なのに。)」
「月詠!こいつらどーするよ!?」
「そうだな…ミョリンパ先生に示してもらう。ちょっと待ってろ。」
「テメェで決めろ!」
副隊長の叫びも虚しく、月詠はさっさと愛用の占い本を広げる。
そしてその結果は…
「”次なる段階の一歩目が来る”と示されてる。さてどーゆうことかな?」
「あながち占いも馬鹿にできねぇな。鬼神の子に繋がる糸口を見つけた。」
「え?」
「あ?」
「…」
「やっと…聞く気になったか?おまけに上手くいけば、例の生け捕り対象の鬼も手に入るかもしんねぇぜ。」
「! それは…斑鳩鳴海のことだね。」
「!アイツ生きてたのか!?」
「消息不明だったけど最近目撃情報が出たんだ。他の桃も見てるし間違いないよ」
「ならさっさと捕まえようぜ!!」
「話、続けるぞ?」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべた深夜は、さらに話を進めるのだった。
視点は戻り、再び練馬区偵察部隊のアジト内。
いなくなった皇后崎をどうするかについて、未だ話し合いの真っ最中だ。
早速、じっとしていられないタイプの一ノ瀬が騒ぎ出す。
「いいかげん皇后崎捜しに行こうぜ!」
「確かに時間経過的に動くべきですね。戦闘部隊に応援要請しましょう。」
「戦闘部隊は動かねぇぞ。」
「お疲れ様です!真澄隊長。」
「あ、真澄くん」
「鳴海、さっきお前の部下が走ってたけどなんかしたのか?」
「秘密のオシゴト♡」
場に合流したのは、練馬区偵察部隊隊長・淀川真澄だ。
鳴海に一瞬向けた穏やかな表情をすぐにしまうと、淀川は淡々とした口調でさっきの続きを話し始める。
「大体書き置きしてんだ。どうなろうと自己責任だろ。」
「おい!じゃあ見捨てんのかよ?」
「勝手な行動する奴は勝手に死ね。」
「だから戦闘部隊動かさねぇのかよ!?ありえねぇぞ!」
「お前も周りに迷惑かけそうなタイプだな。」
突っかかってくる一ノ瀬を軽くあしらいながら、同期である無陀野へと視線を向ける淀川。
“戦闘部隊が動かない理由は?”
淀川からの雑談には一切反応せず、無陀野は端的にそれだけを尋ねる。
相も変わらず余計な会話をしない同期に舌打ちしつつ、淀川は今までの調査結果を報告した。
現時点で分かっていることは3つ。
1.皇后崎は拉致された。
2.一般人が関与している。
3.練馬の桃太郎の仕業ではない。
「あいつ、一般人に拉致られたのかよ。」
「そもそも拉致されるってことはそれほど何かに集中してたってことじゃ?」
「生徒拉致ったのは、関東ナッツ連合っつう半グレどもだ。さらうまでの手口は素人だが、姿の隠し方は多分桃が関与してる。」
「やっぱり桃が絡んでるんじゃ…」
「半グレといえど、一般人巻き込むことは練馬の桃はやらねぇ。となると別の桃が動いてる可能性がある。しかもそいつは一般人を余裕で巻き込むカスだ。」
「確かにそうなると、この地区の戦闘部隊は迂闊に動かせないな。」
「そうですね。その間に何も起こらないっていう保証はないですし…」
ポンポンと進む話についていけず、戦闘部隊が動かせない理由が理解できない一ノ瀬に、並木度が優しく説明を加えた。
練馬の桃以外が関与しているとなると、もし戦闘部隊を動かした場合、いくら鳴海の部隊がいたとしても練馬を守れる鬼が不在になる。
その隙を突いて練馬の桃が仕掛けてきたら、手薄になっている鬼側に多くの犠牲が出てしまうのだ。
「じゃあこっちも別の所から戦闘部隊を呼べばいいのでは?」
「その呼んだ部隊の本来の管轄は誰が守るんだ?鬼は桃と違って常時人手不足…んなことできねぇ。けど今回は無陀野と鳴海がいる。東京都の戦闘部隊でもエリートだった無陀野無人君と現役隊長の斑鳩鳴海君が。今でも思い出す時があるぜ?桃太郎100人の血の雨を降らせたあの時のお前と厄災の如く暴れるお前を。」
「先生たちって凄かったんだ。」
「まあね✌️」
「好きだぜ、そういう話は。」
「まぁ無陀野に関しては元エリートか。教員なんかなりやがって。」
「その半グレについても調査済みだろ。」
淀川や生徒たちの声が聞こえていないかのように、無陀野は冷静に事を進めて行く。
彼の問いかけに対し、偵察部隊隊長は”たまり場は特定済み。あとは踏み込むだけ”とこちらもエリートらしい言葉を返した。
そして先程の理由から戦闘部隊を動かせない分、今回は無陀野にその代わりを務めてもらうということも付け加えた。
「馨、お前が一緒につけ。」
「わかりました。」
「万が一に備えて救護班が欲しいが…鳴海はカウントしていいのか?」
「構わない。行けるな、鳴海?」
「問題なーし。万が一の場合に備えて俺の部下も配置してあるから遠慮なく使って」
「待てよ!俺らも行かせてくれよ!」
「ここで留守番なんかする気ねぇぞ?それじゃマジで何しに来たかわかんねぇだろ。」
「は?何言ってんだ?現状留守番もできてねぇじゃねぇか。引っ込んでろ。」
「え、やらせよーよ」
「馬鹿なのかお前?お前みたいたダンプカーと違うんだぞ?」
「誰が制御装置壊れたダンプカーだ!!……うちは普通の学校じゃないし実践を積ませた方が効率的じゃない?」
「効率?知るかよ。」
淀川のピリピリした空気を感じ、やれやれと肩をすくめる鳴海。
と、そこへ索敵が得意な遊摺部が手を上げる。
自分の能力が役に立てると思う…と。
偵察部隊志望の彼だったが、あとに続けた言葉が淀川の地雷を踏んだ。
「戦闘能力がないので、それくらいしか役に立てないと思いまして。」
「! 従児ちゃん…!」
「それくらい?戦わないならやれると思ってんのか?そんな覚悟でやってねぇんだよ、こっちは。最前線で戦ってるのは偵察部隊だ。戦闘が始まりゃ確かに俺らはサポートだ。けど最初に敵に接近して、時には接触して情報を得るのも俺らの仕事。一歩ミスれば、よくてその場で殺されるか、最悪情報絞り取られて殺されるかだ。そして俺たちは絶対に情報を吐いちゃいけねぇ。吐くくらいなら死を選ぶ。その覚悟がある奴が偵察部隊に入る。なのになんだ?お前は。医療部隊も、鳴海がいる戦闘部隊も全ての隊員がそうだ。俺ら鬼に安全地帯なんかねぇ。」
“鬼機関は全員命がけだ。その覚悟、テメェらにあんのか?”
遊摺部の胸倉を掴みながら偵察部隊の厳しい現実をぶつけた淀川は、最後にそう言って生徒たちを見渡す。
彼の気迫に気圧され冷や汗を流す遊摺部だったが、少し呼吸を整えると、決意の眼差しで言葉を発した。
「す…すみません…でも…役に立ちたくて羅刹学園に入りました…!死ぬ覚悟は…ずっと前からできてます!」
「つーか覚悟がなきゃ入学しねぇだろ。俺は戦って死ぬなら本望だ。」
「カッコ悪い死に方はしたくない…」
「愛する人と死ねりゃいいわ。」
「え…?えっと…私は死ぬのは怖いです…ただやれることをやりたいです…」
「んー俺は…死ぬ覚悟はできてる。けど、死なないために成長したい。だからやらせてくれ!断られても勝手にやるぞ!?いいのか!?」
「…」
「育成は大事な仕事の1つだ。鬼はいつも人手不足なんだろう?」
「…チッ!」
「ほらほら!みんなこう言ってんだし信じてあげなよ!…安心してよ真澄くん。皆は俺が守るよ。俺がいる限り、誰も死なせないから」
不意に聞こえた、決して大きくない鳴海の声。
だがその優しいトーンと温かい笑顔、そして何より彼の強い想いは、その場にいる全員の心を包み込む。
鳴海をリスペクトしている一ノ瀬や矢颪はもちろん、他の生徒たちの顔つきも穏やかなものに変わっていった。
もちろんそれは大人組も例外ではない。
1つ大きく息を吐いた淀川は、観念したように言葉を漏らす。
「…わかったよ。そんかわり、ガキだからって言い訳はさせねぇぞ。」
「押忍!」
「よっしゃ!」
「ハイ!」
鳴海の後押しもあり、一ノ瀬たちも皇后崎救出作戦に参加できることになった。
初めて偵察部隊と一緒に行動するということもあり、無陀野は改めて任務の基本を生徒たちへ伝える。
戦闘・敵の排除を担当するのは、無陀野・一ノ瀬・矢颪・漣・手術岾。
偵察・突入のサポートを担当するのが、淀川・並木度・屏風ヶ浦・遊摺部だ。
鳴海はこの2つを同時並行することになった。
「それじゃあ隊列はこうだ。2つの隊に分かれる。潜入や偵察以外で敵地に踏み込む時は、戦闘部隊主体となる。そこに偵察・医療が数人加わって隊を作る。覚えておけ。」
「鳴海はどっち?」
「鳴海の能力については?」
「知ってる!京都にいる時、目の前で見た!」
「あの力は、負傷した鬼をすぐに治すことができる。けどメインは戦闘だけど今回は…」
「俺らのチーム?」
「あぁ。医療部隊は普通サポート側につくから、鳴海みたいなパターンはかなりイレギュラーだ。話戻すぞ。優先すべきは皇后崎の救助だ。戦闘はできるだけ避けろ。」
「変装はしねぇの?」
「敵地に行く以上、必要ない。いざという時、混乱を招く。服を用意する。すぐに着替えろ。」
そう言って話を締めくくった無陀野の指示に従い、生徒たちは並木度が準備してくれた戦闘服へと着替えることになった。
5分後…
部下に諸々の連絡を終えた鳴海は、部屋を出てある人物を探す。
その人物は腕を組んだ状態で壁に寄りかかり、全員の支度が整うのを待っていた。
周りに人がいないのを確認しながら、鳴海はささっと彼の傍へと歩み寄る。
「真澄くん…」
「ん?あぁ、連絡終わったのか。どうした?」
「その…まだ怒ってたり…する?」
「! …怒ってる。どうにかしろ。」
「え、あ、謝罪と甘いものぐらいしか…」
「どっちもいらねぇ。そんなのより…」
「?」
「ちょっと体貸せ。」
「えっ…!」
胸の前で手をクロスして構える鳴海に、淀川は”エロいこと考えてんじゃねぇよ”と鼻で笑う。
それからサッと鳴海の腕を取ると、そのまま近くの部屋に連れ込んだ。
普段会議室として使われているそこには、長机が四角になるように配置されている。
そのうちの1つの長机の上に座ると、ドア付近に立っていた鳴海をこちらへ呼ぶ淀川。
そして少し自分を見下ろしてくる彼の胸に、そっと顔をうずめるのだった。
「!」
「…お前さ、ヤバいフェロモンでも出してんのか?」
「へ?いや、だ、出してないはず…だけど。臭い…?」
「ふっ、そうじゃねぇよ。…傍にいると疲れ飛ぶ。」
「本当?」
淀川からの思わぬ褒め言葉に、鳴海は嬉しそうに言葉を返す。
だがすぐにさっきのやり取りを思い出し、抑えたトーンで声をかけた。
「真澄くん…えと、さっきは…」
「気にすんな。そもそも怒ってねぇよ。」
「うん…」
「…確かに前までは、あぁいうこと言われる度にイライラして、人とか物とかに当たりまくってた。でもあの日にお前と出会ってからは…不思議と何言われても平気になった。」
「えっ!そう…なの?」
「あぁ。お前が俺らのこと分かってくれてるからな。」
顔を上げた淀川は、鳴海と目線を合わせると珍しく穏やかな笑みを向けた。
初めて見る彼の表情に、鳴海は目を見開いた。
それを知ってか知らずか、淀川は落ち着いた声で言葉を続けた。
「自分のことを分かってくれてる奴がいるっつーのは嬉しいもんだ。だから俺は鳴海の存在にだいぶ救われてる。お前のお陰で、どんな状況でも前に進める。」
「真澄くん…」
「俺からは何も返せねぇけど…お前にもしものことがあったら、何があっても必ず見つけて助け出す。」
「!」
「何か困ったらすぐ頼れ。いいな?」
「うん!」
心から尊敬している同期の心強い言葉に、鳴海は安心したように明るく返事をする。
そして同時に、昔淀川から貰ったブローチをギュっと握り締めるのだった。
そんな彼の仕草に、淀川の中に眠る何かのスイッチが入る。
今なら旦那の邪魔も入らない…目の前の男をからかう絶好の機会だった。
「もう撫でてはくれないのか?」
「えっ…!」
「…嫌か?俺の汚ねぇ体触るの。」
「! 真澄くんの体は汚くない!!体の傷は…全部仲間を守るためでしょ?そんな真澄くんを、汚いなんて思うわけないじゃん!!」
そう言って淀川の手を握った鳴海の表情は、さっきまでと打って変わって怒りを含んでいた。
てっきり”何言ってんのさ”と軽く返してくると思っていただけに、彼のこの反応は淀川にとって予想外だった。
「冗談だ。お前がそんな風に思ってるなんて考えてない。」
「…親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってる?」
「悪かった。ちょっとからかおうと思っただけだ。」
「だとしてもだよ…自分を傷つけるような言葉言わないで!俺、嫌だよ」
「分かった。約束する。」
淀川が握られている手に力を込めれば、鳴海は下を向いたまま少し首を縦に振った。
自分のために怒ったり、自分以上にショックを受けたような表情を見せる鳴海。
そんな彼の姿に、淀川は自分の気持ちが変わり始めていることに気づく。
「(あー…クソッ。マジかよ…人妻だぞ?落ち着け。この感情は違う…こいつは弟みたいなポジションでいいんだ。)」
次々と溢れてくる感情を抑え込むように、淀川は鳴海にバレないよう深呼吸を繰り返す。
少しでも気を緩めれば、間違いなく手を出してしまう。
今目の前にある手を引いて、抱き寄せてしまう。
そしたらきっと…戻れなくなる。
最後にもう一度深呼吸をすると、淀川は声のトーンを変えて鳴海の名前を呼んだ。
「…なぁ、鳴海。」
「ん?」
「これ以上手握られてると、俺もエロい気持ちになっちまう。」
「えっ!?っていうか、俺”も”って何っ?!俺はなってないよ…!NTR希望じゃないもん!!」
分かりやすくからかえば、パッと手を離した鳴海の顔と声は元通りになる。
その事実に安堵し、淀川はふっと笑みを見せた。
そうして一瞬静かになった部屋に、外の声が少し聞こえてくる。
“あれ?真澄隊長どこ行ったんだろ…”
“鳴海もいねぇんだけど!”
いろいろ起こりすぎて忘れていたが、今は救出作戦の出発前である。
いつまでもこのまったりした空気の中にいるわけにはいかない。
“行くか”と鳴海に声をかけた淀川は、部屋を出る前に今一度彼の方を振り返った。
「鳴海。」
「なに?真澄くん」
「…ありがとな。」
「!こちらこそ!」
感謝を伝えると、ニカッと笑った鳴海を連れて部屋を出る。
と同時に自分へ向けられた言葉は、余韻の欠片もないうるさい程元気な声だった。
「あ、真澄隊長どこに…って、えっ。」
「あー!!何で鳴海と一緒なんだよ!!」
「うるせぇ。ガキが野暮なこと聞いてんじゃねぇよ。」
「何だよ、それー!!怪しいぞ!」
「四季、うるさい。」
「全員揃ってるな。役職付きの隊員だけが本来着られる正装だ。気合い入れろよ。」
“総員状況開始!”
その声を合図に、無陀野組+偵察部隊による救出作戦が開始された。
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