“鬼神の子の糸口を掴んだ”
深夜はそう言って、自身が持って来た話の続きを語り出す。
自分達が鬼神の子・一ノ瀬を殺すのを手伝って欲しいと…
それまで比較的穏やかに話を聞いていた桜介が、この言葉を聞いた途端に雰囲気が一変した。
「なんでテメェの手柄の手伝いを俺らがやんだ?なぁ?返答によっちゃ頭と体離婚させるぞ?」
「落ち着けよ、桜介。沸点低いのがお前の悪い所だ。」
「すまん!」
「そもそも疑問だが、手を借りる必要はないんじゃないか?鬼神の子でも問題ないだろ?神門君がいるだろ?その歳で副隊長になったんだ。君の功績は知ってるよ。」
「買いかぶり過ぎですよ。僕は争いが苦手ですし。一ノ瀬がどんな人なのかもわからないのに、やる気なんか出ませんよ。第一糸口を掴んだとか、今知ってビックリしてるくらいですよ。」
「斜に構えた生き方してんじゃねぇよ。楽しく殺し合って生を感じる!それで人生最高だろ!」
「その人生の喜びをくれてやるよ。タダでなんて言わねぇさ。無陀野と殺らせてやるよ。」
“無陀野”という単語が出ると、練馬コンビはすぐに反応を示す。
かつて桃太郎100人を相手に無双した戦闘部隊のエース。
戦闘至上主義の月詠や桜介にとって、これほど魅力的な相手はいないだろう。
「京都同様、一ノ瀬と無陀野はセットだ。いっぺんに相手すんのは骨が折れる。そこでお前らに無陀野の相手をしてもらいたい。俺は一ノ瀬、そっちは無陀野。利害は一致。プラスでさっき言った生け捕り対象の鳴海もくれてやる。そいつも無陀野とセットだからな。」
「ガセじゃねぇだろうな?」
「重要な場面で下手な嘘はつかねぇ。断言するぜ。100%無陀野と殺らせてやる。」
「…確かにお前はその情報力で隊長になったと言っても過言じゃない。」
「どうするよ!決まってるよな!?鳴海を餌にして誘き出すか!!」
「あの子、そんな大人しく捕まってくれるかな」
「何がなんでも捕まえる!そいつがいれば、俺は全力の殺し合いができる!!ぜってぇ欲しい!」
興奮状態の桜介に対し、月詠は未だ冷静なまま。
拠り所である占いについて話す口調も実に穏やかだ。
彼は言う。
自分が占いにすがるのは、不運が原因で病気やケガをして自由を奪われたら闘えなくなってしまうからだ…と。
「こう見えて好きなんだよ、命のやり取りが。その話、乗ってあげるよ。」
「ありがとよ。」
「鳴海のことも忘れるなよ。」
こうして鳴海もまた、再度練馬の桃から狙われる存在となったのだった。
一方、無陀野組と淀川・並木度コンビはといえば…
偵察部隊が突き止めた、半グレ集団の溜まり場であるキャバクラ。
そのキャバクラが入っているビルの向かいに建つマンションの屋上に一行は顔を揃えていた。
緊張モードが漂っているのかと思えば、若人たちはとある話題でキャッキャッしている。
場の中心には、照れ臭そうにしている鳴海がいた。
「やっぱ鳴海は天使だ!!」
「へ?きゅ、急に何…!」
「さっきの言葉、めっちゃカッコ良かった!」
「”俺がいる限り、誰も死なせない”ってやつだろ?確かにあれはシビれたな!」
「ちょ、ちょっと碇ちゃんまで!やめてよ、恥ずかしいから…!」
「僕もあの言葉には感動しました!」
「私もです…!鳴海先生はすごいです…!」
「2人とも褒めすぎだよ…!」
「僕も胃が痛いのが少し治まった。」
「それは気のせいだって!」
「もうちょっと弱々しくいてくんねーと、守りがいがないんだよな~」
「いや、無人くん以外に守られる予定は無いよ」
「おい、ガキ共!喋ってねーでこっち来い。」
出発前に自分が発した言葉を褒め称える後輩たちに、赤い顔でワタワタしている鳴海。
そんな姿を穏やかに見つめていた淀川だったが、誰にも気づかれないうちに表情を切り替えると、偵察部隊隊長として声をかけた。
「あのキャバクラが半グレの溜まり場だ。」
「んじゃあサッと乗り込もうぜ!」
「馬鹿か、お前は。頭使え。まずは状況の確認と整理だ。眼鏡!索敵ができんだろ?やってみろ。」
「え!はい!」
淀川から指示を受け、能力を発動する遊摺部。
だが京都の時と違い、どうにも索敵が上手くいかない。
焦りを見せる遊摺部を見守っていた淀川は、瞬時に彼の能力の欠点を見抜いた。
「お前の能力はいくつかデメリットがある。まず動けない。それと建物とか階層が沢山ある所だと人が重なって正確な位置が掴めない。」
「(京都の時は人がいなくなればいいだけだったから気にならなかったのか…)」
「テメェはまだ発展途上ってことだ。」
「じゃどーすんだよ?」
「ばーか!だから俺らがいんだろ。役に立たねぇことは百も承知だ。だったらせめて吸収しろ。お前らは待機だ。」
“偵察部隊の仕事ってやつをしっかり見とけ”
淀川はそう言って、部下の並木度と共に動き出す。
2人の頼もしい背中を見つめながら、鳴海は彼らのやり取りに耳を澄ませた。
「ここならカメラの死角だ。馨、まずは店内の人数と構造を調べろ。」
「わかりました。」
「ど…どうやるんですか?」
遊摺部からの問いかけに、並木度は自身の血を入れた小瓶を出して軽く振ってみせる。
鳴海は彼の能力が個人的にお気に入りで使用する度に見に来る。今回も傍へと寄って来た。
並木度の能力は振った血の音の反響を利用して、人数や建物の構造を把握するというものだ。
彼の血が入った瓶さえあれば第三者でも使えると聞き、早速一ノ瀬がやりたいと騒ぎ出す。
チャカチャカチャカともの凄い勢いで瓶を振る一ノ瀬の横で、並木度は更に説明を加えた。
「デメリットは情報処理が大変なところ。一気に凄い量の情報が脳に飛び込んでくるから…情報酔いする。」
「ちょっと四季ちゃん、めちゃくちゃ振ってたけど大丈夫…って、あー!!」
「うわー!吐いた!」
鳴海はケポケポと吐き続ける一ノ瀬に駆け寄ると、優しく背中をさすってやる。
“鳴海、助けて~”と弱々しく言葉を発する一ノ瀬は、気持ち悪さから来る涙目で天使を見上げた。
続けて遊摺部も挑戦するが、こちらもあえなく撃沈した。
「俺達も使えるとは言え、そう簡単にはいかないよね。」
「そうですね。僕も使い過ぎると高熱出るし。経験上、IQ高い人は使えるみたいだよ。」
「IQかぁ…俺は現場確認しながら戦略考えるタイプだから無理かも」
「鳴海さんならいけますよ。」
「ん〜、コピーした血に似た感じのやつあったかな…」
他者の血を飲みその者の能力を使用することが可能な鳴海。自宅には今まで採取してきた者達の血のストックが沢山ある
鳴海は愛用のノートを取り出すと、各能力を記したページを開き、似た感じの能力がないか探し始めた。
そんなやり取りを見つめていた淀川が、痺れを切らして並木度に声をかける。
「遊んでねぇで状況教えろ。」
「少し変ですね。あの店内、鬼1人の反応しかありません。」
「絶対皇后崎じゃん!」
「一番奥の部屋に監禁されてますね。」
「生きてはいるよね?」
「うん、そこは大丈夫だよ。」
「拉致った奴生かして置いとくのは変だな。罠か慌てて逃げたかのどっちかか?まぁ見てくりゃわかるか。」
そう言った淀川は自身の血を舐め、あっという間に姿を消した。
10分間透明になるという淀川の能力を初めて見た面々は、服まで消えるその見事さに驚きを隠せない。
最早声だけしか聞こえなくなった彼に一言かけたいと、鳴海はキョロキョロと辺りを見渡す。
その様子を見て少し口角が上がった淀川は、彼の目の前に立ち、手に触れた。
「中を確認してくる。お前らは待機だ。」
「あ、真澄くん!」
「ふっ、ここだ。何だ?」
「うわっ…!桃がいないとはいえ、無茶はしちゃダメだからね!」
「分かってる。大丈夫だから、俺の合図があるまでお前はいい子で待っとけ。」
「言われなくてもわかってるよ!」
笑顔で自分を送り出してくれる鳴海に、見えないながらも少し表情を緩める淀川。
そして小さくお礼を言ってから、彼は向かいのビルへと向かうのだった。
淀川が去った屋上は、彼から連絡が来るまで待機状態となった。
そんな中で遊摺部は輪から外れ、1人手すりにもたれていた。
担任として無陀野が声をかければ、彼は沈んだ声で話し始める。
淀川や並木度の能力を目の当たりにし、遊摺部は自分の不甲斐なさを痛感していた。
「真澄たちの能力は確かに凄い…でもあいつの透過能力も、最初は30秒しか続かなかった。」
「え!?」
「必死に努力して経験を積んで、自力で能力を伸ばしたんだ。落ち込むのは、経験と努力を重ねてからにしろ。お前の能力も捨てたもんじゃない…が、腐らすか伸ばすかは好きにしろ。」
「……ありがとうございます!」
無陀野の言葉に、どこか吹っ切れたような表情を見せた遊摺部の目には光が戻っていた。
似た能力を持つ並木度の元へ駆け寄っていく彼の後ろ姿を見やる無陀野。
その彼の横には、いつの間にか鳴海の姿があった。
「従児ちゃん、大丈夫かな…」
「さぁな。あとはあいつ次第だ。」
「なら、きっと大丈夫!やる時はやる子だし!」
「あぁ。ところで、出発前のあの言葉だが…」
「! ホントだし大船に乗ったつもりで…「ありがとう。」
「…へ?」
「あの言葉は、全ての鬼にとって支えになる。お前があの覚悟を持ち続けてくれる限り、俺たちは前に進める。もっと強くなれる。」
「無人くん…」
「…四季が言ってたことがようやく分かった気がする。」
「?」
「本当に天使みたいな存在だな…鳴海は。」
穏やかな表情でそう言った無陀野は、優しく鳴海の頬に触れる。
言われたことと、やられていることの刺激が強すぎて、鳴海の思考は完全に停止した。
目の前の男性が大変な状況になっているなどとは微塵も思わず、無陀野はスッと手を離すと、さっさと歩き出す。
「? 鳴海!どうした?行くぞ。そろそろ真澄から連絡が来る頃だ。」
「え、あ、うん…!い、今行く!!」
淀川が偵察に行ってから約15分後…
彼からの合図で、無陀野組と並木度は移動を開始する。
そしてキャバクラ内の一番奥の部屋までやって来ると、矢颪の能力でドアをぶち破った。
「皇后崎!?お前!超!監禁されてんじゃん!すんげぇわかりやすく監禁されてる!」
「黙ってろ。」
「迅ちゃん、大丈夫!?ケガは?」
「…平気だ。」
「良かった~」
手錠でイスに手足を拘束されていた皇后崎だったが、幸いなことに鳴海の出番はなくて済んだ。
だが久しぶりの会話もそこそこに、手錠を外された皇后崎は、慌てた様子で部屋を出て行こうとする。
「手間とらせやがっ…え?オイ!」
「どこへ行く。」
「時間がねぇ。子供が人質にされてんだ。すぐ行かねぇとやばい。」
「ちょっと待って、迅ちゃん!ねぇ、本当に何もされてない?」
「そう言ってんだろ。」
何か違和感を感じ、皇后崎の顔を覗き込む鳴海。
その顔を、この場にいない第三者が見ているなどとは夢にも思わずに…
「ふふ~ん。無陀野ぉ…噂は聞いてるが、こうやって見るのは初めてだな。ふ~ん、ふふん。一ノ瀬…写真で見るより全然ガキだな。と、やーっと見つけたぜ鳴海ぃ〜…死んだと聞いた時は度肝抜かれたけど元気そーだなぁ。お前ら全員、みーつけた。」
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