「……何故分かったのです?」
深山は何度か瞬きをしたものの、何事もない風に空とぼける。唐突な問いに一拍程度しか返答が遅れない所を見ると、自身の感情をコントロールするのが上手い方なのだろう。コントロールというよりは、隠したり別の感情にすり替えていると言った方が正しいだろうが。
「何となくですよ。先日俺の友人が彼女に隠してる物を見られて喧嘩したと言ってましたから」
「……ああ、そういうことですか。いわゆる見解の相違はよくあることなんですね」
深山は固く引き結んだ口元を和らげたが、目元は硬いままだった。
「見解の相違というか、彼は|彼《・》|女《・》|を《・》|裏《・》|切《・》|っ《・》|た《・》んですよ。婚約者の彼女をね。しかもあまり大きな声では言えませんが……」
そう言って陽翔は少し身を乗り出し、彼に耳打ちした。
「浮気現場を彼女に見られてしまったようです。俺はてっきり推しが二次元だとか、そういう趣味を隠してただけだと考えていたのに、そんな可愛いものではありませんでした。もちろん彼女と彼女のご両親は激怒して婚約破棄になってしまいました」
この話は半分嘘なのだが、深山の酔いと血の気が引いたようで、今度こそ深山は表情を凍りつかせた。まるで奈落の上にある細い縄の上で綱渡りをしているように、その双眸には恐怖が浮かんでいる。
(やっと自分がしたことを思い出したか? もう遅いがな)
「何と……! 婚約者がいる身で浮気ですか! 彼女を何だと思ってるのか……東雲さんのご友人を悪く言うつもりはないのですが、その人は平気で人との約束を破ったりする、不誠実な人ですね。不義理をしても反省してなさそうな気もします。よくもまあそんな恥知らずなことを……どんな人間か見てみたいもんです」
(鏡を見てみろよ……! よくもぬけぬけと! ……いや、自己紹介か?)
深山の瞳が薄っぺらい怒りに染まっていた。百子とのことがなければ、さも自分は関係ないと主張する彼の言葉を信じただろう。これほどまでに自分のことを限りなく高い棚に置ける人間を見たのは初めてかもしれない。単に自分は浮気と程遠い精錬潔白な人間だと主張したいだけかもしれないが。
(まるで人を殺した犯人が何食わぬ顔でその事件のインタビューに答えてるみたいだな……大した演技力で吐き気がする……!)
陽翔は自身のこめかみに血管がピクリと浮き、爪痕がつくほど拳を握りしめていた。それでテーブルを殴るのだけは回避したが、自然と声が低くなるのは抑えようが無かった。
「至って普通の人に見えましたよ。むしろ職場でも気を配れたり、仕事そのものも他の人よりできている人でした。相手方がしっかり証拠映像を撮っていたので、多額の慰謝料を請求されて大変だったみたいですよ。そのうち社内で不倫したとバレてしまうのではないかと不安なようです。少なくとも婚約解消したことはバレてますからね」
深山は口を閉ざした。だが時折頬がひくついている所を見ると、陽翔の言葉に警戒しているのかもしれない。
「証拠、映像……」
「ええ。相手方はしっかりされた方だったみたいで。すぐに双方の両親にそれを送り、弁護士を立てて慰謝料請求まで持っていってましたよ」
深山の表情がいよいよ強張っていた。
「彼は元カノを裏切ったことを心底後悔しているようでした。でもそれは嘘でしょう。結果として元カノを裏切った事実は変わりませんし。罪悪感がそこにあったのなら、そこで止めれば良い話です。あっちが誘ってきたとか何だか言ってましたが、それなら誘いに乗らなければ良いだけのこと。あたかも自分の選択なのに、何故か巻き込まれたと言っていて不思議でしたよ。でも行動は嘘をつきません。彼は元カノを裏切りたくて裏切った。それが行動から導き出された事実です」
陽翔はここで水を飲んだ。深山はこれを聞いて生きた心地がしないだろうが、それを話す陽翔もまた自分の剥き出しの皮膚に直接ヤスリを掛けるような心地がしていた。どうしても|あ《・》|の《・》|時《・》のことが頭から離れず、その時の感情が一気に吹き出したのだ。
「おっと、深山さんの話だったのに俺の話になってしまいました。すみません。酔いに任せて強烈なことを言ってしまいました」
「いえ……俺が元カノに隠した理由が霞むほど強烈なことを打ち明けられたなら、それを一人で抱えるのはきつかったと思いますよ。吐き出せて少しは楽になれたなら良かったです」
深山が気遣いを見せていたが、陽翔はますます腹に渦巻く物が荒れるのを感じた。
(あんなことを言ってしまった手前、自分も元カノを裏切りましたとは口が裂けても言えなくなったな。まあずけずけ言う方もやばいが)
陽翔は感謝を上辺だけで述べ、スマホを操作し始める。深山は顔を青くしていたが、陽翔は気にも止めない。
「ちなみに深山さん、元カノに見られたくないことって、例えばこんな感じのものですか?」
陽翔は開いていたスマホの画面を深山に見せてから再生ボタンを押した。深山はそれを訝しげに見ていたが、その動画が進むにつれて理解したらしく、テーブルに勢いよく手をついて陽翔のスマホをひったくった。
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