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◻︎律子とハナ
律子の夫、修三のアパートを引き払ってから、2週間がたった日。
私は律子の家に出かけた。
「こんにちは!律子さん、いますか?」
「はぁーい、どうぞ、こっちへまわってくださいな」
縁側のほうから声がする。
「こっちにいらしたんですか?」
「ここは、日当たりも良くて、ハナもここが大好きなので、2人でここで過ごすことが多くなりました、ね?ハナ」
縁側には籐の椅子が2脚置かれていて、そこに茶トラ猫のハナと、律子が座っていた。
「上がってくださいな」
「お邪魔しますね」
奥の座敷、仏壇の前にはあの日にやってきた修三の遺骨があった。
小さな写真立てには、にこやかに笑う男性の写真。
この人が修三さんかと、写真をしげしげと見てしまう。
そこには綺麗な花が飾られ、何故か、こんにゃくの煮付けがあった。
修三の好物なのだろう。
「お線香をあげさせてもらってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
座布団に座ったら、ハナがゆっくりこちらへやってきた。
正座する私の横にゆったりと横たわる。
「あれ?ハナ、私のとこにもきてくれたの?」
「そうなんですよ、そこに誰か座ると必ずハナも横に来るんです。まるであの人の代わりにそこにいてくれるみたいで、私は随分ハナに癒されてます」
お茶を用意して、そこに律子も座った。
仏壇を見たら、黒い漆の棚には猫の毛がふわふわと乗っている。
縁側との境にある障子にも、一箇所、ビリビリに破かれた穴が空いていた。
「ぷっ!あはは、なんだかすっかりハナの家になってますね、ここ」
「あ、わかります?ハナが暮らしやすいようにしてたら、こうなってしまったんですけど。なんだかね、こんな家が夫が求めていた家かもしれないと思うようになりました。あちこちイタズラするハナですけど、おトイレだけは一度も失敗したことないんですよ、野良猫だったはずなのに」
当たり前だ、という顔でこちらを見上げるハナ。
私はそっとハナの顎を撫でてみた。
「ハナは、修三さんの代わりに律子さんと暮らすために来たのかもしれませんね」
「そうだと思います。ハナのおかげで、私はそれほど寂しいと思わなくなりましたし、話しかけるとニャーンと返事をしてくれるので独り言ではなくなりました」
見渡すと、あの刃物のようだと美春が言っていた家は、そこそこに汚れてそこそこに雑草もあって、気楽に過ごせるようになっていた。
「もっといろんなことを話しておけばよかったと、あれこれ後悔することもあるんですが。それはしばらく先に私が夫に会う時まで楽しみにしているつもりです」
「そうですね、きっとご主人もそれまでちゃんと見守っていてくれますよ」
ピンポーン🎶
「ただいま!」
「あ、息子です。あれからちょくちょく連絡くれるようになって、今日は、夫の納骨のことを話し合うためにきてくれたんです」
いそいそと玄関へ向かう律子の足取りは軽かった。
「よかったね、ハナ。よかったですね、修三さん」
私は心から安心した。
「…というわけで、律子さんは、ハナと仲良く暮らしてたよ。なんだかね、修三さんと話してるみたいな話し方だった」
「そうか…。最後に会えなかったのは心残りだろうけど、離婚届を出してなくてよかったのかもな。同じ墓に入れるし」
「ん?あぁっ!忘れてた!」
「なんだよ、急にそんな大声出して」
「もしも、私が死んだら、私の墓はどうなるんだ?」
「さぁ?もうそんなことも考えとくか?」
「いや、まぁ、ぼちぼちね」
ひまわり食堂の仕込みを手伝いながら、これからのことを少し考えてみようかと思った。