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日本から来たお客を到着ゲートで迎えて、観光バスに詰め込むまでが健太の所属する「エアポート班」の仕事だ。あとはバスガイドがお客を観光名所に引きずり回す。ガイドのほとんどは中年男性だ。彼らも最初は、別な目的や夢をもって大陸へ来たはずだ。
昼過ぎに空港を上がってから、同僚達は声を掛け合って食事に行く。健太が彼らから呼ばれることはまずない。健太の定番の昼食は、四分の一パウンドの大きなハンバーガーとフレンチフライだ。空港近くにある行きつけの店は、水が無料なので飲み物は頼まない。
そこで彼は、アイテナリーを一応広げる。観光バスがホテルに到着する時間が詳細に書いてあるのだが、飛行機の到着時間次第でいくらでも変更になる。予定通りになることはかえって稀だ。
コップの水がなくなると店を出て、公園のベンチで少し時間をつぶしてから、所定のホテルのロビーで待機する。そこで再度事務所に連絡を取って、バスの到着時間を確認する。ところがこの時間も、これまた予定でしかない。ツアー人数が多ければそれだけ、彼らを降ろすために一つの箇所に停車する時間も延びるためで、ここにホテル側の不備や道路事情などが加わると、さらに時差は大きくなる。バスはいくつものホテルを梯子するから、最後の方にまわる地域をあてがわれたときには、なお誤差はひどくなる。
幸い、今日の健太の勤務先はバスが最初に回るダウンタウン地区にあった。高層ビルの谷間を縦横に仕切るアスファルトは、午後の日差しの余熱を発し、ホテルのミラーガラスには、黄色からオレンジに変わりはじめた太陽が映っている。健太はフロントに宿泊者名簿を渡し、人数分の鍵を受け取る。次にエレベーターに乗り、部屋をひとつずつ空けて入る。そして水周りからテレビの電源、電燈、スリッパの数まで問題がないかチェックする。それが終わるとロビーに降りて、バスの到着をひたすら待つ。
髭面のガイドが十五分ほど遅れて、ぞろぞろとお客を連れてやってきた。ガイドは「二十三人です」と言い残すと、急いでロビーを後にした。
ルームキーやら食事のバウチャーをお客に渡し、近所の治安からショッピングにお勧めな店の案内をする。お客にとっては初めての説明でも、健太にとってはオウムチックな繰り返しだから、声にイマイチ感情は乗らない。オプショナルツアーの受付をして、エレベーターに彼らを乗せ、ドアが閉まり切るまでお辞儀の姿勢を保つ。健太は受注したオプショナルツアー参加者の名前を事務所に伝えると、書類をまとめて鞄に入れ、「さて」と膝を手のひらで打ってから立ち上がり、形通りに終わった仕事を後にしようとした。
「あの」エレベーターから降りてきたのは中年夫婦だった「ひとつ、いいですか。タクシーを使いたいのですが、日本語が使えるタクシーはないですか」 またこの質問か。ありません、と答えれば仕事は終わる。
ところがこのとき、とっさにツヨシの顔が浮かんできたのである。ツヨシは車を持っていない。ちぇっ。
そうだ、森さんだ。
「ちょっとだけお待ちいただけますか」
健太は夫婦をロビーに待たせたままホテルの外に出ると、携帯電話を開いた。
「あっ、毎度どうも!」
しばらくして、森さんが業者づらして登場した。