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ジェラールとのダンスを終え、ルイスの元へ戻ると、その後は誰からもダンスを申し込まれることは無かった。
反対に、たまにしか社交界に顔を出さない、辺境伯のルイスは多くの人から声をかけられ忙しそうだ。
リーゼロッテは、少し風に当たりたいからとルイスに耳打ちし、広いバルコニーへ向かった。
そして、敢えて人がやって来そうもない場所を選ぶ。ゆっくり移動すると、背後からやって来る人物を待った。ずっと感じていた視線。
「ご一緒しても、よろしいでしょうか?」
(やっぱり……来た!)
「はい」と返事をして振り向く。
そこには、何となく見覚えのある美青年が立っていた。かなり高価な衣装を身に付けている為、位の高い令息だと想像がつく。
「パトリス・ド・ヴィラールと申します。パトリスとお呼び下さい」
(どこかで聞いたことがあるような? ヴィラール……あっ、ヴィラール公爵家!)
必死で記憶を呼び起こすと、顔だけでなく名前にも覚えがあった。教会の聖女として、魔石から祝福を多めにするよう指示があった、貴族のひとりだと思い出す。
つまり、クリストフが魔石を埋め込ませないようにした人物ということだ。
(確か、妹と一緒に来ていたわ)
「パトリス様。私は、リーゼロッテ・フォン・エアハルトと申します」
リーゼロッテの返事を聞いたパトリスは、嬉しそうに微笑んだ。
「リーゼロッテ嬢。突然、こんな事をお聞きするのは、失礼かと思ったのですが……」
「はい、何でしょうか?」
何かやらかしてしまったのかと、ヒヤヒヤしながら返事をする。
「貴女は、教会にいらっしゃった……聖女様ではないでしょうか?」
「……え? 聖女様って、あの聖女様ですか?」
キョトンとして、小首を傾げて知らないフリをする。内心、冷や汗がダラダラだが――。
聖女の衣装の時は、顔を隠すように白いヴェールを被っていた。
だから、本来なら聖女がリーゼロッテだとは判らない筈だ。
「あ、いや、人違いですよね! 大変失礼いたしましたっ」
慌てて謝るパトリスに興味が湧いた。公爵令息なのに、やたら腰も低い気がする。
「どうして、そう思われたのでしょうか?」
しらばっくれて、理由を尋ねる。
「その……実は妹のジョアンヌが……」
パトリスの妹もデビュタントだった。
リーゼロッテを拝謁の儀の時に見かけ、あのブーケの花が気になり、ずっと目で追っていたらしい。
ジョアンヌは人を見る力に優れ、リーゼロッテの仕草や振る舞いで、教会にいた聖女ではないかと思ったそうだ。
ジョアンヌ自ら、リーゼロッテに話しかけようとしていたとパトリスは言う。
ただ、内気な性格の彼女は、ルイスとずっと一緒に居るリーゼロッテに話しかけることが出来ず……兄に頼んだそうだ。
「そうでしたか。私が、聖女様だったら良かったのですが……」
と、申し訳なさそうな表情をして謝っておく。
「いえ! こちらの勘違いで申し訳ありません! そもそも聖女様なら、エアハルト辺境伯とご婚約されてないでしょうし。……考えたら、分かることでした」
(……んんん? 今なんて言った!?)
「あの――誰と誰が婚約したと、仰いましたか?」
「え? ち、違うのですか? そのネックレスとイヤリング……辺境伯の瞳と同じ色の魔石ですよね? ですから、てっきり辺境伯がプレゼントされたのかと……」
「確かに、プレゼントして頂きました」
「では、やはり。あ、発表はこれからなのですね。自分の瞳の色と同じ魔石を好きな女性にプレゼントして、受け取ってもらうのは、両想いの証ですから。そんなに立派な魔石、私もいつかプレゼントしたいと憧れています」
「両、想い……?」
夜風は涼しいのに、顔はどんどん熱くなる。
「ええ。本当に素晴らしい魔石ですね。私もリーゼロッテ嬢にダンスを申し込みたかったのですが、それ程立派な魔石を用意することは出来ませんから……」
ようやく、ジェラールの言った意味が理解できた。
俗に言ってしまえば『この魔石以上のプレゼントが出来ないなら、俺の女に近付くな!』ってことだ。
駄目だと思いながらも、嬉しさで胸が震える。
だから、リーゼロッテにダンスを申し込めたのはジェラールだけだった。
しかも、ジェラールにはちゃんと婚約者がいて、リーゼロッテのことを理解している。それで、ルイスはすんなり送り出したのだ。
「パトリス様。素敵なお話を聞かせていただき、ありがとう存じます。今度ジョアンヌ様に、お花を差し上げますわ」
「ありがとうございます。それは、妹もとても喜びます! あ、だいぶ冷えて来ましたね……そろそろ中に戻りませんか?」
パトリスはリーゼロッテを気遣うが……。
リーゼロッテは首を横に振ると、そっとネックレスに手を乗せた。
「私は、もう少しだけここに」
「分かりました。それでは、また」
パトリスを見送ったちょうどその時、会場からリーゼロッテの元へ歩いてくるルイスが見えた。
リーゼロッテがパトリスと一緒に居たのが、向こうからも見えた筈だ。いつもと変わらない表情だが、目が笑っていないことは直ぐに分かった。
「リーゼロッテ、こんな所に居たのかい? ……今のは、ヴィラール公爵家の」
「パトリス様です。少し、お話をしていました。私を教会の聖女だと、妹さんが気づいたようです。勿論、誤魔化しましたけど」
リーゼロッテの話を聞き、ルイスの表情に安堵の色が見える。リーゼロッテは、それ以上のことは伝えなかった――ジェラールから言われたことも。
「お父様」
「なんだ?」
「月が綺麗ですね」
リーゼロッテは笑みを浮かべると、ルイスが魔石に託した想いに、この世界では伝わらない言葉で返事をした。
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