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私は叫び、無我夢中でルークさんの元へ飛び込もうとした。
届かない、そう絶望した瞬間
刃が彼の首筋に触れる直前だった。
突如として、館の深淵から、大気を震わせる地響きのような轟音が鳴り響いた。
「な、なんだ!? 何が起きた、地鳴りか!?」
叔父様の剣が凍りついたように止まる。
猛り狂っていた騎士たちも、そしてパチパチとはぜていた燃え盛る森の木々ですら
その異様な威圧感に圧せられたかのように静まり返った。
音の正体は、図書室のさらに奥。ルークさんから
「決して近づくな、あそこには俺の絶望が詰まっている」と固く禁じられていた
あの重厚な鉄の扉───『開かずの扉』が、内側から凄まじい力で弾け飛んだ音だった。
扉の向こうから溢れ出したのは、夜の闇も炎の赤もすべてを塗り潰す、眩いばかりの純白の光。
そして、その光の奔流の中から、一通の古びた
けれど金色に輝く王家の紋章が刻まれた「親書」が
まるで意思を持っているかのように優雅に宙を舞い
混乱の渦中にある広場の中央へと、静かに舞い降りた。
「これは……王家の直印…?まさか…」
最前列にいた騎士団長の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
その親書には、現国王の印と共に、十五年前に闇に葬られたはずの
この国の歴史から消された忌まわしい記録が克明に刻まれていた。
『第一王子・ルーク。類稀なる才を持ちながら、隣国の呪術師と内通者の策略によって狼の姿に変えられし者』
『その呪いは、真に心を寄せる者が、その命を賭して守らんとする時にのみ解ける兆しを見せる。もし彼が生きながらえているならば、その者こそが正当なる玉座の継承者なり……』
「ルーク……。まさか、あの十五年前に流行り病で死んだと公表されていた、第一王子殿下なのか!?」
辺りは一瞬の静寂の後、爆発したような騒然に包まれた。
ルーク王子。
彼は、叔父様が吹聴していたような「財宝を盗んだ賊」などでは断じてなかった。
政変に巻き込まれ、醜い獣の姿という鎖で森に幽閉されながらも
たった一人でこの国を見守り続けてきた、正当なる後継者だったのだ。
「馬鹿な……!そんなはずがあるか! 担ぎ上げられた偽物だ!奴はただの魔物だ、我らを惑わす魔物なのだ!!」
バルサス叔父様が狂ったように取り乱し、再び剣を振り上げる。その目はすでに正気を失っていた。
「王子だろうが何だろうが、今ここで殺してしまえば、死人に口なしだ! かかれ、皆殺しにしろ!!」
「いや!やめて!、!」
私は、今度こそ迷わずルークさんの前に立ちはだかった。
彼に背中を見せて、バルサス叔父様たちに向かって両手を広げて叫ぶ。
「彼は、人に裏切られて、他人を部屋に入れるのも嫌だったはずなのに、私を……そして、自分を裏切ったはずの人間たちが住むこの村を守ろうとしたんです…っ!!」
「そんな高潔な魂を持つ方を、あなたたちの浅ましい欲のために殺させはしません……!」
私の瞳から溢れた大粒の涙が溢れ落ちた。
その刹那──館から溢れ出していた白光が
呼応するように爆発的な輝きを放ち、彼と私を優しく、力強く包み込んだ。
「……ぐ、あああああ……っ!!」
ルークさんが、天を仰いで苦悶の声を上げる。
けれどそれは、耳を塞ぎたくなるような痛みの声ではなかった。
脱皮するように、古い殻を脱ぎ捨てるような、再生の叫び。
彼の巨大な体が、光の渦の中で劇的に形を変えていく。
硬くごわついていた毛皮が淡雪のように消え、鋭く尖っていた爪がしなやかな人間の指先へと戻っていく。
猛々しい狼の顔は、月光を反射する大理石の彫刻のように整った
青年の顔立ちへと変貌を遂げていく。
光がゆっくりと収まったとき、そこにいたのは
灰色の髪を夜風に揺らし、凛々しくもどこか悲しげな瞳をした、一人の美しい青年だった。
「……ベル」
彼が、私の名前を呼んだ。
それは、空気を震わせる獣の唸り声ではなく
どこか懐かしく、胸の奥を締め付けるほどに甘やかな、透き通った人間の声だった。
「ルーク……さん?」
「……待たせた、な」
呪いが、解けたのだ。
私が彼を信じ、彼が私を守ろうとした。
その二つの純粋な想いが、十五年という永きにわたる絶望の呪縛を、内側から打ち砕いたとでもいうのか。
変わり果てた主の、けれど確かに王家の気品を纏ったその姿に
騎士たちは一斉に剣を引き、雪が崩れるようにその場に跪いた。
しかし一人、あまりの衝撃に腰を抜かしたバルサス叔父様だけが
ガタガタと歯の根も合わないほど震えながら、土を這うように後ずさる。
「ひ、ひぃっ……! ル、ルーク王子……!? 生き、生きていたのか……!?そんな、呪いは絶対のはずだ、ありえない!!」
ルークさんは、跪く騎士たちの謝罪を一瞥することもなく
ただ私の方を向き、不器用な、けれどこの上なく愛おしそうな微笑みを浮かべた。
「……ベル。お前がここまでするとは思わなかった…おかげで、人間に戻れたんだ。今回のことも含め、スープの礼をしなければならないな」
周囲はまだ炎に包まれ、煙が舞う禁忌の森。
その凄惨な景色の中心で、私たちはようやく
偽りのない互いの本当の姿を見つめ合うことができた。
狼の呪いは解け、一つの物語は幕を閉じた。
けれど、私たちの「最後の恋」は
今、血の通った本物の物語として、眩い明日へ向かって動き出したばかりだった。