「みこと、グルーガンどこ置いた?」
「引き出しの三番目! ……あ、でもその前に、こっちの花押さえててくれる?」
「了解」
すちは椅子から立ち上がって、みことの横にしゃがみ込む。
ふたりの手元には、制作途中の小さなレジンアクセサリー。
紅白の押し花が、まだ液体の中でゆらゆらと揺れていた。
「このバランス、いいじゃん。色味も落ち着いてて」
「うん……すちが選んでくれた花だから」
「ん?」
「なんとなく、すちって“白い花”ってイメージある。やさしくて、静かで、でも強い」
「……褒めてる?」
「うん、もちろん」
すちは思わず小さく笑って、みことの頭をぽんと撫でる。
「じゃあ、みことは……黄色の花。光みたいで、まっすぐで、あったかい」
「……すち、それ、言葉で書いたら綺麗だけど、今リアルに聞くとちょっと照れる」
「俺も」
ふたりで顔を見合わせて笑い合う。
___
アトリエは、古い一軒家を改装した小さな工房だ。
店の奥には作業机と乾燥棚。
窓辺には、陽を浴びるドライフラワーが並んでいる。
この空間に流れる空気は、いつもゆるやかで優しい。
作業の合間にかける音楽は、どちらかが気まぐれに選んだもの。
たまに歌詞を口ずさむと、みことが鼻歌で合わせてくる。
そんなちょっとした音の重なりが、なんだか心地いい。
「そろそろ、おやつにしよっか?」
みことがキッチンに向かって立ち上がる。
「あ、俺コーヒー淹れるよ。こないだの豆、まだあったっけ?」
「うん、棚の上。俺はミルク多めで!」
「知ってるよ。毎日聞いてるから」
しばらくすると、甘い香りが漂ってくる。
みことの焼いたマフィンと、すちの淹れたコーヒー。
ふたりでカップを片手にベンチに座る。
「……なんか、こういう時間が一番好きかも」
みことがそう呟く。
「作って、笑って、食べて、ちょっとふざけて……また作る」
「……わかる。俺も」
「昔は、こういうのって特別なことだと思ってた。 でも今は、これが“普通”でいられることが、すごく幸せだなって」
みことの言葉に、すちはゆっくりうなずく。
「俺も……この日常が、奇跡みたいに思える時がある。 生きててよかったって、毎日思わせてくれるみことに、ほんと感謝してる」
「……うわ、今日、どうしたの」
「いや、たまには真面目なこと言ってもいいでしょ?」
「うれしいけど……」
みことは、そっとすちの肩に頭を預ける。
「俺も、毎日ありがとうって思ってる。
俺が“生きててもいい”って思えるの、すちのおかげだよ」
窓の外では、風がそっと花を揺らしている。
変わらない日常の中で、ふたりの心は静かに寄り添っていた。
それは“恋”というよりも、“愛”というものかもしれなかった。
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