「そもそも……外野が何と言おうが、レオン殿下がお許しになるはずがないのです。殿下はクレハ様以外のお相手など、最初から考えてすらおられませんもの」
私以外にあり得ないか……
リズがらしくもない強い口調で諫めるてくるのは、フィオナ姉様の話を受けて、私が婚約を解消するとか言い出すのではないかと焦っているのかもしれない。私を気遣う言葉の端々から婚約相手の変更など不可能であると、念を押しているように感じられるのだ。
「リズ、私がレオンに変なこと言わないか心配してる?」
「えっ!! そ、そんなことは……」
リズは非常に分かりやすく私の言葉に反応した。もしかしたら、レオンに予め何か言われているのかもしれない。
王太子の婚約相手として、私よりも相応しい方は他にいるだろう。それこそフィオナ姉様とか……。でも、私だっていい加減な気持ちでお父様の前で啖呵を切ったわけではない。レオンの婚約者として側にいても恥ずかしくない人間になれるよう努力する。その言葉に嘘はない。
尊敬している姉様に自分を否定されたのは、辛くて悲しい。うわべを取り繕うことすらできないくらい精神的ショックを受けた。この気持ちは今後も自分の中に小さな棘のように残っていくのだろう。
次に姉様とお会いする時、私はしっかりとお顔を見て話すことができるのだろうか。互いにぎこちなくなってしまうのは避けられない。それどころか、姉様はもう私に会おうとすら思って下さらないかもしれない。
「少し前だったら別の人に代えて欲しいって言ってたかもね。だってさ、家柄はともかくとして私が王太子の婚約相手なんて務まるわけがない。姉様じゃなくてもそう思う人……たくさんいるんじゃないのかな。自分だって最初はそう考えていたんだもの」
「そんなことありません。大体、クレハ様はまだ8つじゃないですか。結論を出すのが早過ぎます。これからですよ。それに、さっきも言いましたがそれを判断するのはフィオナ様じゃありませんよ」
姉様が何を思ってそこまで反対したのか、それは本人にしか分からない。リズもその理由を自分なりに色々考えてみたらしいが結局それも憶測でしかなく、姉様がリブレールに行ってしまった以上、当分明らかになることはないだろうと結論付けたそうだ。
「私は殿下のお相手はクレハ様しかいないと思っています。フィオナ様のことでおふたりの縁が引き裂かれてしまったら嫌です。せっかくお互い良い雰囲気でいらっしゃるのに……」
「心配しないで。以前の私ならって言ったでしょ。お父様にもレオンの婚約者は私ですって、ちゃんと宣言したんだから。たとえ姉様が反対していたとしても、その意思は変わらないよ」
「本当ですか……」
「うん」
リズは自身の胸の上に手のひらを乗せ、深呼吸を行った。私の放った短い言葉を噛み締めるように感じ取っている。婚約者は自分だと言い切ったことは、リズをとても安心させようだ。
「むしろ姉様が認めざるを得ないような、完璧な婚約者になってみせるよ」
「完璧の定義は人それぞれなんですよ。クレハ様の思う完璧がフィオナ様の満足できるものとは限りません」
「リズ、私には無理だと思ってるでしょ? 姉様を納得させられるような淑女にはなれっこないって」
「まさか。志を高く持つのは良いことです。クレハ様の向上心が更に高まったのであれば非常に嬉しく思います。でも、再三申し上げますが姉君の評価は気にせず、クレハ様はクレハ様らしくして頂くのが一番です。殿下もそれを望んでおられるはずです」
まだ胸の中はむずむずとしていて不快感がある。リズとの会話も無理に明るくしているようなカラ元気っぽさが滲み出ていた。自分でもそう感じるのだから当然リズも気付いているだろう。それでも私に合わせて軽口を交わし、和やかな雰囲気を維持しようとしてくれている。
姉様のことを気にし過ぎるな……難しいな。私のせいではないと理解していても、原因であることに変わりない。簡単に割り切れない。だって……家族なのだから。
「クレハ様、改めて今の気分はどうですか? 気持ち悪かったり、痛みを感じるところはありますか」
「ちょっとだけ頭が痛いかも。でもリズと話をしたおかげで気持ちはずいぶん楽になったよ」
「それなら良かったです。では、私は一旦席を外しますので、今度は本当にお休みになって下さい。何かありましたらすぐに人を呼んで下さいね」
「うん、ありがとう。リズ」
「ルイスさんがやきもきしながら待っていますからね。殿下や『とまり木』の方がたには、私の方から事情を説明しておきますので安心して下さい」
本当にリズには頭が上がらないや。彼女がいてくれなかったら、冷静になる切っ掛けすらも掴めなかったかもしれない。
今の自分の情緒が不安定であることは認識できている。泣き喚いたりしたせいか頭痛も発生している。体にも少なからず影響がでているのだ。リズの言う通り、寝た方がいい。寝て休んだら体調の方はいくらか回復するだろう。
ベッドに横になって瞳を閉じる。寝ると決めたはいいものの、興奮状態でなかなか寝付けないかもしれない。
瞳を閉じてから数秒後……予想とは反対に私はあっという間に深い眠りへと落ちたのだった。あまりにも一瞬だったので、リズがいつ部屋から退室したのか記憶に残っていなかった。