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柴田
225
都築七美
360
さぶれ
355
さぶれ
210
人目を避けるようにしてひとりで外出したメリーティアは、ハイゼンベルグ領の中心街にある大通りを訪れていた。
道を一本外れた路地裏にひっそりと佇んでいる薬屋に入る。
古ぼけて怪しげだが、昔からある知る人ぞ知るといった店らしい。ハイゼンベルグ領いちの品ぞろえを誇り、店主の知識も豊富だそうだ。
ハイゼンベルグ邸お抱えの医者に教えてもらった店なので、信用できるだろう。
店主らしき老婆は、深くローブを被った不審な姿のメリーティアにも眉を顰めることはなかった。
奇妙な色の液体が入った手鍋を火にかけ、こぽこぽと沸騰するのを時折かき混ぜている。
「店主さん、お尋ねしたいのだけれど」
「なんだい?」
「桃の匂いのする毒って……ご存じかしら?」
「……毒の類は取り扱っていないよ。ほかをあたりな」
「――違うの! 解毒剤がほしいの」
店主はじいっとメリーティアを見つめたあと、うしろの棚をあさった。
「それならあるよ。お前さんが言っているのは、モモネンという植物の根を抽出した毒だろう。ヴェドニア帝国では栽培できない非常に珍しい種類の毒だが……お前さんは運がいいね。これの解毒剤を取り扱ってるのはうちくらいだよ。解毒にはモモネンの花を煎じたものを飲ませればいい。花をそのまま呑むだけでも症状が和らぐよ」
店主が取り出した紙の包みには、乾燥した薄桃色の花弁が入っていた。
いくつ欲しいかと問われ、家族の分と、それから念のためグウェンダルと自分の分も合わせて五つ注文する。店主は同じ紙の包みをさらに四つ出してくると、メリーティアの前に置いた。
「高いよ」
「いくらでも出すわ」
「ひとつ金貨百枚でいいよ」
「……ぼったくりかしら?」
「いくらでも出すんだろう」
「……明日、使用人に持ってこさせるわ」
「了解。ハイゼンベルグの嬢ちゃんだろう。花は先に持って行きな」
「まあ、わたしのこと知ってたのね。お願いがあるの。この解毒剤を買ったこと誰にも言わないでちょうだい」
「顧客の情報をべらべら話すように見えるかい」
「いいえ。ありがとう、おばあさん」
*
メリーティアは持ち帰った解毒剤をさっそく父へと渡した。
なぜこんなものを? と不思議そうにする父に、どう説明したものかと頭を悩ませる。神様に頼んで時間を巻き戻してもらって――だなんて言ったところで気が触れたとしか思われなそうだ。
多少強引だが、父相手には勢いで押すのが効果覿面だろう。
「……とにかく、何かあったらこれを飲んでちょうだい。あと、桃の匂いがするワインとかは飲んではだめよ。特にアイボリー産の『ヴィネコット』! アイボリー家はわたしとすっごーく仲が悪いトリーの母の生家だから、もし何かの機会にワインでも贈ってきたら怪しむこと! いい? お父様」
「金貨五百枚も何に使うのかと思ったら、こんなものを買ったのかい?」
「約束してちょうだい!」
「あ、ああ……わかったよ」
たじたじながらもメリーティアの言葉を真摯に受け止めた父は、三つの包みを執事へと渡した。
これでもし今回もアイボリー家からワインが贈られてきたとしても、心配する必要はないだろう。愛娘がこれだけ口を酸っぱくして言ったのだから、口をつけることすらないと思いたい。
「アイボリー家からワインが届いたら飲まずにとっておいて、すぐにわたしに送ってほしいの」
「……ちなみに聞くけれど、何か危険なことに巻き込まれていないだろうね?」
「そういうわけではないわ。ただ不安なだけ。ほら、うちは第二皇子を支持しているでしょう? 皇位継承争いとかに巻き込まれない保証もないから」
「ふむ。それもそうだね。メリーティアも、グウェンダルくんのもとに行っても気をつけるんだよ」
「わかっているわ。心配してくれてありがとう、お父様。それとごめんなさい」
「うん?」
「なんでもないわ。それじゃあ、よろしくね」
これからメリーティアは、ハイゼンベルグの恥と呼ばれるようになるだろう。家族に迷惑をかけることもあるはずだ。
それでも成し遂げなければならない、この復讐を。