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あの夜会の夜から、数日が経った。
クラウド様から注がれる愛情は相変わらず甘く、穏やかで、私はその温もりに包まれながら幸福な日々を過ごしていた。
そんな何の変哲もない、いつも通り午後
クラウド様が公務で留守にされている時のことだった。
用事があって廊下を歩いていた私は、彼の私室の前を通りかかった際
絨毯の上にぽつんと何かが落ちていることに気が付いた。
(なにか黒い……落とし物?)
気になって足を止め、それを拾い上げる。
手に取ってみて、私は自分の目を疑った。
それは、見覚えのある黒いレースの手袋だった。
(これ……私が以前、「指先に穴が空いてしまったから」と、メイドさんに回収してもらって捨てたはずのものじゃ……?)
どうして、これが?
しかも、クラウド様の私室の目の前に……?
不可解な事実に、背筋に冷たいものが走る。
捨てたはずのゴミが、なぜ主人の部屋の前に落ちているのか。
考えれば考えるほど、説明のつかない違和感が胸の中に広がっていく。
じっと手袋を見つめ、思考の海に沈みかけた、その瞬間だった。
「エリシア、僕の部屋の前で何をしてるんだい?」
背後から突然かけられた、低く落ち着いた声。
「……!」
私はビクッと肩を大きく跳ねさせ、心臓が口から飛び出しそうな勢いで振り向いた。
そこには、いつの間にか帰宅されていたクラウド様が、微動だにせず立っていた。
「ク、クラウド様……! お、お帰りなさいませ。えっと……クラウド様の部屋の前に、私がこの間メイドさんに回収してもらって捨ててもらったはずの手袋が落ちていたものですから、気になって……」
突然現れたものだからびっくりしたが、私は手に持ったままの手袋を示して懸命に説明した。
私の言葉を聞いた瞬間、クラウド様は一瞬だけ弾かれたように目を見開いた。
その瞳の奥に、言葉にできないほど暗く、どろりとした何かがよぎった気がした。
けれど、彼はすぐにいつもの穏やかな表情に戻り、優しく微笑んだ。
「そうだったんだ。……もしかしたら、メイドが、捨てるときに落としたのかもしれないね。そういうことなら、改めて僕が捨てておくよ」
「いいんですか? ごめんなさい、お手間をかけさせてしまって……。お願いします」
私はどこか救われたような気持ちになり、お礼を言ってから、その手袋をクラウド様に手渡した。
彼はそれを受け取ると、愛おしいものを扱うように指先で軽く触れ、そのまま上着のポケットへと仕舞い込んだ。
「気にする必要はないよ」
いつものように頭を撫でられ、私は少し照れながら自分の部屋へと戻った。
けれど、自室の扉を閉めて一人になった瞬間。
安堵の影から、じわじわと不気味な不信感が這い出してきた。
クラウド様が手袋を受け取ったときのあの指の動き。
一瞬だけ見せた、あの射抜くような鋭い視線。
考えすぎかもしれないけれど。私のただの思い過ごしなら、いいのだけれど。
「……なんだか、変なの」
独り言が、しんと静まり返った部屋に虚しく響いた。