コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
四人揃って席についたところで、テレビを百子が消し、百子の母が一番に口を開いた。
「それにしてもびっくりしたわ。急に見合いなんてしないとか言われて、しかもお相手を連れて来るなんて。今日は紹介してくれるんでしょう?」
百子はその言葉にうなずき、陽翔に自分の両親を紹介した。父が強張ったような、困惑しているような表情をしているのがやけに気になったが、それも仕方がないのかもしれない。世の中の父親というものは、娘の結婚相手や彼氏のことが気に入らないものである。
「改めまして、東雲陽翔でございます。百子さんとは結婚を前提にお付き合いしており、同棲もしています」
結婚という言葉に百子は顔を赤くし、母は目を見開き、父はあんぐりと口を開けていた。
「結婚を前提に……? それならもっと早くに報告なさいな。心配したのよ? 百子が行き遅れになるかもしれないって。女性は30歳になったら価値が一気に下がるから、誰も貰い手が無かったらどうしようかと気を揉んでたのよ」
(お母さん、相変わらずね)
百子はため息をつきたくなるのを懸命に堪えた。母は口では百子のことを心配しているが、単純に行き遅れている娘が恥ずかしいだけなのではないかと勘繰ってしまう。
「東雲さんとはいつから同棲を?」
「半月くらい前からよ」
「やっぱり《《前の人》》とは上手くいかなかったのね」
百子はびくっとして笑顔の母を見た。弘樹との同棲が破綻したことはまだ言ってもないのに、何故母が知ってるのだろうか。だが百子は3ヶ月前ほどに一度だけ身内に同棲が上手くいっていない旨を話したことを今になって思い出した。
(まさか……)
「お母さん……兄さんから聞いてたの? 私、まだその話してないのに」
「そうよ。冬治にあんたが全然連絡寄越さないから、百子はどうしてるか聞いたの。そしたら同棲してるけど上手く行ってないとかそんなことを聞いたわよ」
「……別にお母さんに報告しなくたって良かったのに」
百子は今ここにいない兄をこっそり毒づく。以前友達が連絡先を勝手に他の人に教えてしまい、その人からいきなり連絡が来たのと同じような不快感がべったりと心臓に貼り付いてきた。
「あんたが連絡寄越さないから助かったけどね。あんたよりも冬治の方が優秀だから、親の心を良く分かってるわ」
百子の顔がこわばり、陽翔の眉がピクリと動く。彼は百子の両親に発言の許可を求めると、百子の両親が頷いたので、陽翔はきっぱりと言った。
「百子さんは優秀ですよ。家事をテキパキとこなしますし、会社でもプロジェクトのリーダーをやってる程ですし。それに、百子さんは私を一人の自立した人間として見てますよ。そんな百子さんと一緒に暮していると幸せなんです。だから私から結婚を申し込みました。百子さんを私は心から愛しています。百子さんと二人で幸せな家庭を築きたい……いいえ、百子さん以外は考えられないのです」
「……それだけで百子と結婚する理由になると?」
父が低く告げ、目の前の湯呑みの中身を飲み干し、テーブルに置く。その乾いた音がやけにダイニングに響いた。そして陽翔にその猛禽のような鋭い眼光を向けて睨んだ。
「百子は一度同棲に失敗しているのに、また同じことを繰り返すのか? 失礼だが貴方が百子を裏切らない保障はあるのか? 30歳手前の娘の貴重な時間を奪う意味を、貴方はご存知なのか。貴方は30歳になってもまだ結婚のチャンスは全くない訳ではないが、女の場合は違う。今の時代ですら女性は30歳になると良い条件の結婚が難しくなる。百子の人柄に関係なく、行き遅れたのは何か問題があるからと後ろ指をさされたり、相手探しをしようにも碌でもない既婚者の餌食になったりするのが現実だ。それを貴方は承知の上で百子を裏切らないと約束できるのか?」
陽翔は静かな父の剣幕に怯むことなく首肯する。
「私は百子さんとなら一緒に人生を歩めると思いました。それこそ大学時代からずっと。百子さんは私を一人の人間として尊重してくれるのです。本音でぶつかり合えるのは百子さん以外にはいません」
「貴方は想いだけで結婚できると、そう考えているようにしか見えない。結婚はお互い助け合って暮らすことであって、一時の想いだけでできるような、そんな甘っちょろいものじゃないぞ!」
父の剣幕に百子は堪らず口を挟んだ。父の言い分に痛いところを突かれた百子だが、事情を説明しないと誤解が広がると考えたからだ。
「お父さん、陽翔さんは私を助けてくれたの……怒らないで聞いてくれる?」
百子の発言でやや毒気を抜かれて表情が少し緩んだ父だったが、再び表情を引き締める。
「話の内容によるが……取り敢えず聞こう」
父の眉間の皺が深くなり、腕組みをして百子を射抜く。気難しい父にはあまり反論できた記憶は無いのだが、百子はまっすぐに父の瞳を見据えた。
「あのね、こんなことを言うのも何だけど、元彼と上手くいかなかったのはあちらが浮気相手を同棲してる家に引きずり込んだからなの。こっちは当時熱出して早く家に帰ったのに……」
「なんだと……!」
椅子が悲鳴を上げたのを無視して、百子の父は勢い良く立ち上がった。百子の母も驚きを隠せないようで、口をわななかせたが何も言葉がでることはない。陽翔は凪いだ海のような瞳を両親に向けるのみだ。
「しんどかったけど家にいたくなかったから飛び出しちゃって。そうしたら陽翔さんにたまたま出会って、事情もろくに説明しなかったのに看病してくれたのよ。しかも事情を話しても陽翔さんは私のことを拒絶しないどころか、しばらくうちで暮らしていいって……そう言ってくれたの。ううん、それだけじゃない。元彼が接触してきても私を嫌な目に合わせないために職場の近くまで迎えに来てくれるし、私の不安も親身になって聞いてくれたわ。最初は家を探して引っ越そうと思ってたけど、私は陽翔さんと一緒にいたい。陽翔さんが好きなの」