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”川北大橋タクシー強盗殺人事件”に端を発した”米泉町3丁目殺人事件”の重要参考人として18歳の少女、《《金魚》》こと山下朱音に対する緊急配備が発令された。
北陸交通タクシードライバー西村裕人の任意事情聴取を担当した金沢中警察署の竹村警部と久我警視正もその捜査に加わり、朱音の自宅から徒歩30分圏内、若者が集う香林坊、片町の警邏に当たっていた。
「なぁ、久我」
「はい」
「未成年の事件は後味が悪いな」
「そうですね、何か理由が有っての事でしょうし」
「大概が大人の責任だ」
ゲームセンターやプチプライスブティックが連なる片町の表通りではガードレールに腰を掛けてハンバーガーに齧り付く高校生の群れを眺め、赤信号のスクランブル交差点では忙しなく横断するサラリーマンを見送った。
「朱音が職業柄立ち寄りそうな場所も見てみますか」
「そうだな」
夜の店が所狭しと並ぶ裏通りのネオンサインや雑踏、呼び込みの黒服を着た男性、キャバレーやクラブに出勤前の女性の横顔の中に、山下朱音の姿は無い。
久我がハンドルを握る捜査車両は犀川大橋を渡り、郊外へと続く電灯も疎な歩道の路肩を舐める様に進んだ。街路樹や看板の陰、暗がりに立つ若い女性の姿を目にする度に捜査車両は速度を緩め、竹村がその顔を覗き込む。
目撃情報として上がって来た”桜色の髪”に”赤いワンピース””赤い靴”は何処にも見当たらない。
「朱音の|人目を惹く着衣《赤いワンピース》では公共交通機関での移動は難しそうですしね」
「普段から使い慣れたタクシーはどうだ」
「金沢市近郊の全てのタクシー会社に不審人物情報は通達済だそうです」
「そうか」
北陸交通も他社と同じく走行中の全車両に、山下朱音の特徴、桜色の髪、赤いワンピース、赤い靴の情報を伝達共有した。タクシー乗り場や沿道でその様な背格好の人物を見かけた時、万が一該当者が乗車中の場合は緊急時の隠語《《大事な忘れ物》》を本社配車室に無線で知らせる事になっていた。
その北陸交通本社のパソコンのGPS情報画面を凝視していた白いスーツに色眼鏡、趣味の悪いネクタイを締めた佐々木次長が1台の車両の不可解な動きに気が付き、運行管理責任者の山田の肩を叩いた。
「おい、山田。130号車は日勤だな?」
「はい、そうです」
「西村か」
「そうです」
「何で日勤がこの時間帯に市内をウロチョロ動き回っているんだ」
佐々木次長は配車入電で気忙しい配車室にズカズカと上がり込むと、その毛深い手で無線のマイクを握り、モニター画面でカチカチとマウスを移動させて130号車の無線呼び出しボタンを押した。
ピーピー ピーピー
西村が運転し、智と山下朱音を乗せた130号車に無線呼び出し音が鳴り響いた。
「西村さん、これ、何の音?」
「ほ、本社からの無線、だ。出ても良いか?」
「出ないと困るの?」
「無線に出ないとドライブはここでお終いになる、それでも良いか?」
「それは嫌」
西村は震える指で無線機を取り、ボタンを押した。
「ひ、ひゃく、130号車どうぞ」
「130号車、西村、お前日勤だろうが!何ウロチョロしてるんだ!」
「じ、次長」
「何だ、早く帰って来い!」
「130号車どうぞ」
「何だ」
「た、だ、大事な忘れ、物です」
「はぁ?」
「《《大事な忘れ物》》です!」
西村は藁にも縋る思いで緊急時の隠語を佐々木次長に伝えた。
「西村、本当か」
「は、はい」
「間違いないな?」
「は・・・・」
そこで会話が途切れた。西村の背後から伸びた朱音の左手が螺旋を巻いた無線のコードを引っ張り、右手のカッターナイフで躊躇なくそれを切断したのだ。
「西村さん、大事な忘れ物って何」
「や、それは」
再び朱音は左手で智の髪の毛を後ろに引っ張ると右手に持ったアイスピックの先端を白い肌に押し付けた。
「変な事しないで」
「ご、ごめん」
その頃、佐々木次長は110番通報で自社タクシー130号車に不審人物が乗車の可能性がある旨を伝えていた。