テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
──放課後。
昇降口から続く夕焼けの通路。
遥は、ほんの数歩だけ蓮司と距離をとって歩いていた。
口には出してない。けど、きっとバレている。
昼のあの空気。日下部の視線が、いつもより少しだけ近く感じた。
そして──蓮司が気づかないはずがなかった。
「……なぁ、遥」
不意に、その声が背後から落ちてきた。
遥が反射的に振り向くと、蓮司は、まるで何もなかったような顔で歩いていた。
けど、その笑みには、いつもと違う“棘”が混じっていた。
「昼、ちょっと“揺れてた”よな。……あれ、誰のせい?」
遥の喉が、ひくりと鳴った。
「は? なに言って──」
「──ねぇ、“見てほしい”の?日下部に」
蓮司の声は、甘く、静かだった。
だがその言葉は、遥の胸の奥に爪を立てて潜り込んでくる。
「“気づいてほしい”って顔、してたじゃん。バレバレ」
「……してねぇよ」
「ふぅん、じゃあ聞くけど──」
蓮司は、立ち止まり、歩く遥の袖を軽く引いた。
その仕草が妙に優しくて、遥は逆に立ちすくんだ。
「もし、日下部があの時、手を伸ばしてきたら、行ってた?」
「……」
「“こっち来い”って言われたら、俺の手、振りほどいてた?」
遥は答えられなかった。
何も言えないまま、視線をそらした。
蓮司はにやりと笑った。
でもその笑いは、どこまでも冷たかった。
「……そっか。そんなんで、俺の“恋人”とか言ってんの、マジ面白ぇな」
遥の唇が震えた。
でも何も言えない。
何も言い返せなかった。
「……違う。そうじゃねぇ」
ようやく絞り出した声に、自分でも驚くほど力がなかった。
「じゃあ、どれ?」
蓮司はすっと顔を寄せた。
耳元に、わざとらしく囁く。
「おまえさ、“本音”って、どこに隠してんの? 体の中? 心の奥? ……それとも、日下部の前?」
遥は目を見開いた。
「俺といるとき、あんなに声出して、あんなに体が反応して──それで、“全部演技です”って顔してんの、ほんと最高」
それは、嘲笑だった。
でもそれ以上に、“知ってるぞ”という支配の音が混じっていた。
「なぁ、遥。おまえの“揺れ”ってさ──」
「全部、俺に見せるためのもんじゃね?」
遥の中で、何かが崩れた気がした。
演技してるはずだった。
誰にも本心なんて見せないように。
壊れてるフリをして、誰にも触れさせないように。
──それなのに。
蓮司の指は、遥が誰にも触れさせたくなかった“揺れ”の部分を、
笑いながら、なぞってくる。
「おまえ、ほんとかわいいよな。そういうとこ」
そう言って、蓮司はまた歩き出した。
遥は、動けなかった。
──見られてる。
誰にも知られたくなかった「日下部への期待」が──
蓮司の掌で、玩具みたいに転がされてる。
その夜、遥は鏡を見て思った。
(俺の顔、誰のものなんだ)
誰に見せるために笑って、誰のために媚びて、誰のために壊れようとしてる?
それすら、もう自分にはわからなかった。