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『この距離、ズルい ―最終話/歪む愛』
翌日。
昨日のことが嘘みたいに、風磨は何も言ってこなかった。
けれど――
空気は、明らかに冷たかった。
(怒ってる……よね、やっぱり)
現場に着くと、スタッフの一人が話しかけてきた。
「おはようございます! 今日もよろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いします」
それだけの会話だった。
ほんの一瞬、軽く笑っただけ。
けれど――
また、視線を感じた。
ぞくっとするほど、強く、鋭く。
振り返ると、遠くに風磨の姿。
……目が合った瞬間、彼はすっと顔を逸らした。
その日の撮影が終わる頃、スマホに一通のLINEが届いた。
「こっち来て。今すぐ」
送信者:風磨
場所:彼の自宅
風磨の部屋
静かすぎる室内。カーテンは閉められ、時計の音すら聞こえない。
「来たんだ」
ソファに座ったまま、風磨はじっとこっちを見た。
笑っていない。目も、全然笑っていない。
「……今日も、話してたね。あのスタッフと」
「……ただの会話だったよ」
「また“言い訳”?」
「言い訳じゃない。本当に、それだけだよ……」
風磨は黙ったまま立ち上がり、ゆっくりこちらに歩いてくる。
「俺のこと……なめてる?」
「……なめてないよ」
「じゃあ、なんで俺の言うこと聞けないの?」
「風磨、そんな怒ることじゃ――」
その瞬間、腕を掴まれて、ぐいっと引き寄せられた。
「もうさ……誰にも渡さない。お前、もう俺のもんでしょ?」
「……!」
風磨は私の手首を掴んだまま、奥の部屋へと引っ張っていく。
鍵のかかるドアの向こう――
何もない、彼の寝室。
「ここにいな。出なくていい。……誰にも会わせないから」
「風磨、やめてよ……!」
「……無理。俺、止まれない」
ガチャリ、とドアの鍵が閉められる音がした。
「安心して。ちゃんと俺がいるから。ここで、俺だけ見てて」
一方
現場では、スタッフたちがざわつき始めていた。
「◯◯ちゃん、まだ帰ってきてないよね?スマホもつながんないし……」
「え?風磨くんももう帰ったんじゃなかったっけ?」
「……まさか、一緒?」
その声が、焦りと不安を孕んで広がっていく。
そのとき、風磨のスマホは静かに机の上でバイブレーションを震わせていた。
何件もの不在着信。何十通ものLINE通知。
――けれど、部屋の中にいる彼は、それに目もくれず、
「……お前だけがいれば、他はいらない」
そう呟いて、主を抱きしめたまま、目を閉じた。
〈END〉