「歌、お上手ですね。とても素晴らしいです」
歌い終わってふうと息をついていた私を、新藤さんが大きな拍手で湛えてくれた。「白斗が歌うよりずっと素晴らしい曲になっていましたよ」
「えー、私なんか全然ダメですよぉ。現に私はプロになれませんでした。白斗や光貴と違って、才能も無いでぇす……」
「律さんはどうして自分を卑下なさるのですか? 私が素晴らしいと褒めているのです。もっと自信を持ってください」
彼にしたらとても荒い口調だったので驚いて見ると、新藤さんは怒っていた。
「この際ですからハッキリ言います。光貴さんより貴女の方に華がある。華は天性のものです。磨いてどうこうできるものじゃない。光貴さんとずっとバンドを組んでおられたのですよね? メジャーに行けなかったのは、貴女の良さを引き出せなかった光貴さんの曲作りやアレンジ能力に原因があると思いますよ。彼の好む曲やアレンジが、繊細な貴女の声に合わなかっただけです。別のジャンルならもっとのびやかに歌えたはずです。だから律さんが自信なさげにして、光貴さんに申し訳ないと思うことなんてありません。堂々と胸を張っていればいいのです。考え方や意思も強い。律さんはアーティスト向きです。彼とは対等ですよ」
そんな風に言われたのは初めてだった。誰も私の歌を認めてくれなかったし、私自身でさえ自分が悪いと思っていた。
光貴のメジャーに行く夢を邪魔していたのは、私の歌が下手なのが原因だと思っていたのに――
「いったいどんな喧嘩をなさったのですか? 水谷さんが結構怒っていらっしゃったので、おおよそ見当はついておりますが」
「言わなきゃだめでぇすか?」
「無理に言わなくてもいいですよ。せっかくですから少し飲みましょう。律さんはジュースですよ」
優しく微笑む新藤さんに聞いて欲しくなった。
こうなったら全部聞いてもらおう。酔っているから、絡み酒に泣き酒になるかもしれないけど。
ソファーへと案内された。中心に置かれたクリスタルピアノから、その奥に配置された鏡面のように光っているガラステーブルを雪のような白い本革のソファーが囲んでいる。ここに座るように言われた。
恐る恐る腰を下ろしてみる。ぐっとお尻が沈んでいく。わぁぁ…こんなの初めて。全体重をかけると全てが飲み込まれて沈んでしまいそうだ。
新藤さんはキッチンの方へ行ってしまった。後ろを振り向くとピアノの向こうに洗練されたオープンキッチンが広がっている。それに対峙するように設置された上品なバーカウンター。まるで高級ホテルのプライベートバーのような雰囲気だった。
私の足元に広がるラグは、黒く深みのある豪奢な動物の毛を思わせる質感で、その上品な風合いは一目見て高級さを感じさせる。触り心地は柔らかくて温かそうだ。もふもふごろごろしたくなる。
それよりこの部屋…広すぎる。新藤さんは信じられないほどにお金持ち?
絶対社宅じゃないよね。聞いてみよう。
「新藤さん、ここ、本当に社宅ですか?」
「今更ですか?」新藤さんはふっと可愛く笑った。「律さんは素直ですね。私の冗談を真に受けるとは」
「じょ…冗談」
新藤さんは真顔でウソつく人なんだ。悪い男!
「さあ、どうぞ」
はぐらかされた。新藤さんの笑えない冗談はもう横に置いておこう。
「お酒ですか?」
「いえ。レモンスカッシュを作りました。さっぱりして美味しいですよ」
「だめ。飲みたいの! つよーいお酒作ってください」
「しかし…これ以上強いお酒を飲むと、記憶を失くしますよ」
「いいです。全部失くしたいです。もう私にはなにもありませんから。詩音もいなくなってしまいましたし……」
愚痴っぽく言ってしまった。事情を知っているとはいえ、こんな風に絡まれても困るだろう。
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