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ベッドに横たえられた涼ちゃんは、元貴が手をそっと握ってあげているうちに、
ゆっくり、ゆっくりまぶたが落ちていった。
焦点の合わない瞳が閉じられると、
呼吸も少しずつ落ち着いていく。
元貴は安心させるように、
親指で涼ちゃんの手の甲を優しくさすりながら、小さく呟いた。
「よかった……少し眠れた……」
若井もほっと息をつき、
涼ちゃんの顔色を確認しながら、
「しばらく寝かせよ。
起こしたら余計辛いだろうし。」
と言い、そっと部屋の空気を整えようと
寝室の電気を少し暗くした。
――その時。
若井が振り向いた視界の先、
開けっぱなしの寝室の扉から見えるリビングの奥。
キーボードの横の小さな机の上。
そこに、見覚えのある黒い楽譜ファイルが無造作に置かれていた。
それ自体は日常の光景。
でも、若井の目はその横に転がる “あるもの” に釘付けになった。
小さな銀色のカッター。
その刃先に、
ティッシュに染みた、乾いた赤黒い色。
若井の心臓が一瞬で冷たくなる。
――これ……まさか……
息が止まったみたいに声が出なかった。
震える指先で、机の端をそっと掴みながら、
若井はゆっくり元貴の方へ向き直った。
元貴はまだ涼ちゃんの手を握り、
寝顔を見守っている。
若井は一歩、二歩と近づき、
言葉にしようとしたが喉がつまって出ない。
代わりに、元貴の肩にそっと手を置いた。
「……元貴……」
声が震えている。
元貴は涼ちゃんから顔を上げ、
若井の表情がただ事じゃないことに気づいた。
「ん? どうし――」
若井は小さく首を振り、
視線で「こっち」とだけ示した。
「ね、ねぇ……
見て……」
その一言だけで、
元貴の表情から血の気が引く。
若井が指し示した先にあるものが何か、
すぐに悟ったから。
元貴は静かに、そっと涼ちゃんの手を枕元に戻し、
立ち上がる。
寝室のドアの前に立つと、
若井の示す“赤い跡”が目に飛び込んできた。
元貴の息が止まる。
「……嘘だろ……これ……」
若井は唇を噛んだまま、
震える声で言った。
「……涼ちゃん……
こんなの、ひとりで……」
2人の沈黙が、
夜の部屋に重く落ちた。
外の街の明かりがリビングを照らす中、
乾いた血の色だけが浮かび上がっていた