「⋯⋯撃てぇぇぇぇっっ!!」
裂けるような叫び声が
茂みの奥から響いた。
それは
恐怖に駆られた男達が発した
悲鳴のような声だった。
茂みを掻き分ける音と共に
4人の男達が飛び出してきた。
それぞれが銃を構え
パニックに陥ったかのように
引き金を乱暴に引く。
──パァン!パァン!パァン!パァン!
狂ったように放たれた銃声が
森の静寂を無残に破壊した。
だが、ソーレンは動かなかった。
彼の右手は
なおも血液が沸騰し続ける男の身体を
片手で持ち上げたまま
指先は僅かに力を込めて
首を握り締めていた。
男の顔は、赤黒く膨れ上がり
血管は皮膚の下で
無残に浮き出ていた。
耳や目の縁から血の筋が垂れ
口を開けば
泡が粘ついて溢れ出す。
もう片方の手を前へと掲げた。
——キィィィィィ⋯⋯ン
不快な金属音が響いたかと思うと
撃ち放たれた無数の銃弾が
その場にピタリと静止した。
空中で銃弾は細かく回転し続け
見えない壁に
捕らえられたかのように 停止していた。
まるで
蜘蛛の巣に絡め取られた虫のように
銃弾はどこへも行けず
ただ宙を舞い続けるだけだった。
「おいおい」
ソーレンは、軽く鼻を鳴らした。
口元には
冷たく歪んだ笑みが浮かんでいた。
「順番を待てよな?
じわじわ遊んでやるからよぉ⋯⋯」
声のトーンは軽やかだが
底冷えするような冷酷さが滲んでいる。
ソーレンの指先が
空を切るように揺らめいた。
──キィィンッ!!
宙に浮かんでいた銃弾が
一斉に鋭く風を切り飛び返った。
「ぐあぁっ!!」
「ぎゃああああっ!!」
返された弾丸は
男達の足を正確に捉え肉を貫いた。
血が噴き出し
倒れ込んだ男達の悲鳴が響き渡る。
彼らは地面を転がり
血塗れの足を押さえてのたうち回った。
「⋯⋯ちっ!」
ソーレンは
手にしていたミイラ化した男の死体を
無造作に地面へと投げ捨てた。
地面に叩きつけられた死体は
乾いた音を立てて倒れる。
血液が蒸発しきった皮膚は
完全に干からびて黒ずみ
まるで枯れ枝が崩れるように
関節が曲がった。
その死体を踏み砕きながら
ソーレンはゆっくりと歩を進める。
足音は妙に静かで
だが⋯⋯
まるで死神が忍び寄るかのように
男達の耳に響いた。
「さぁ⋯⋯楽しい楽しい
〝お喋りタイム〟といこうぜ?
お嬢さん達よぉ?」
ソーレンの口元に
冷たい笑みが深く刻まれていく。
その声に
男達は全身の毛が
逆立つような悪寒を覚えた。
ソーレンが両腕を広げる。
その瞬間──
──ギィィィ⋯⋯ン
再び空間が歪み
地に転がっていた男達の身体が
ゆっくりと浮かび上がった。
「や⋯やめろ⋯⋯っ」
「⋯⋯う、あぁぁ⋯っ!!」
哀れな悲鳴は
まるで虫の鳴き声のように
掠れて消えていく。
男達の腕は
無理やり頭上へと引き伸ばされた。
掌は無理に押しつけられ
互いの指が絡むように重ねられた。
ぎちぎちと音を立て
肉体を押し潰しながら
背後にある木の幹に
一人一本ずつ磔ていく。
「い、嫌だ⋯⋯!!」
「助けてくれ⋯⋯っ!」
ソーレンは
レッグポーチの蓋を
パチンと弾いて開けた。
その中から
無数のダガーが
ふわりと宙に浮かび上がる。
鈍く光る銀色の刃が
男達の方を正確に狙い
ゆらりと揺らめく。
その刃先は
まるで生き物のように呼吸し
血を欲するように震えていた。
ダガーが四方に広がり
磔にされた男達の前で
ビタリと宙に留まる。
鋭い刃が
光を反射して冷たく輝いていた。
「や⋯⋯やめてくれ⋯」
「いやだ⋯⋯いやだぁ⋯っ!」
磔にされた男達の歯が
カチカチと音を立てて鳴り始める。
ソーレンは
ダガーの背後に佇み
口元に残忍な笑みを浮かべながら
低く囁いた。
「⋯⋯さぁ
誰から話してもらおうかな?」
琥珀色の瞳は
闇の中で氷のように冷たく光り
血を欲する狂気を湛えていた。
「お喋りタイムには
華やかさがねぇとなぁ?
おら、歌えよ」
ソーレンの声は
氷の刃のように冷たく耳を突き刺した。
彼の指先が軽く揺らめくと
宙に浮かんでいたダガーが僅かに傾き
磔にされた男達の頭上へ
ゆっくりと降下していった。
ダガーの先端は
それぞれの男達の掌に向けられ
刃先が僅かに触れる。
「い、痛ッ⋯⋯!」
触れた瞬間
男の一人が思わず声を上げた。
「まだ始まったばかりだぜ?」
ソーレンが不敵に笑いながら
もう一度指を揺らした。
──ズズ⋯⋯
ゆっくりと
ダガーの刃先が掌の皮膚を押し裂き
肉を割りながら
じわりと沈み込んでいく。
皮膚が裂ける音が微かに響き
そこから滲み出た血が
ダガーの冷たい金属に絡みついた。
「ぎゃあああああっっ!!」
「痛いっ、痛いぃぃぃ!!」
「うわぁぁぁっ!!」
「や、やめろおぉぉぉっっ!!」
4人分の絶叫が重なり
森に響き渡った。
肉が裂ける音
血が滴り落ちる音
それに混じって響く悲鳴は
まるで地獄の合唱のようだった。
ソーレンは
まるで退屈そうに溜め息を吐く。
「⋯⋯はぁ。
汚ねぇ声だな?
まぁ、豚に歌えって言った
俺が悪かったんだよな?」
言いながら
彼はゆっくりと
一番端の男の顔を掴んだ。
「──⋯⋯っ!」
男は、その手の感触に震えた。
指先がごつく硬いのに
妙に冷たく感じた。
その冷たさは
氷のようではなく
内側から腐ったものが
染み出すような感覚だった。
ソーレンは
わざとらしく顔を近付ける。
男の鼻先すれすれまで顔を寄せ
わずかに口元を歪めて笑った。
「なぁ?
教えてくれよ、赤ずきんちゃん⋯⋯」
囁き声は
まるで耳の奥を這うように
じっとりと響いた。
「⋯⋯もう一人、仲間が来てんだろ?
何処だよ」
「⋯⋯も、もう一人⋯⋯?」
男は、荒い息を必死に整えながら
掠れ声で答えた。
「し、知らない⋯⋯っ
此処に居るので⋯ぜ、全員、だっ!」
顔は青ざめ、汗が額を伝っていた。
だが、その眼には必死な光があった。
ソーレンの瞳が、僅かに細められる。
その目は
まるで逃げ場のない穴の底を
獲物を見下ろす捕食者のように冷たく
残酷に輝いていた。
「⋯⋯そうかよ」
短く吐き捨てると
ソーレンは男の顔から手を離した。
その指が
乾いた音を立てて一つ鳴る。
──パチン
その瞬間、空気が歪んだ。
──ゴォォォォ⋯⋯ッ!
耳鳴りがするほどの音と共に
男の身体を包む空気が
一瞬にして消え失せた。
無音の中
男は口を大きく開け
何かを叫ぼうとするが声は出ない。
「ぐぅっ⋯⋯がっ⋯ぁ、っ⋯⋯」
目が血走り
充血した瞳からは涙が零れた。
皮膚が内側から
引き裂かれるように膨れ
血管が浮き上がる。
全身が赤黒く腫れ上がり
指先からは爪が剥がれ
歯茎からは血が滲み出す。
口の端からは
泡と共に血が垂れ落ちた。
全身の血液が沸騰し
内側から肉が膨れ
皮膚は薄く裂け始める。
鼻の穴から、耳から、目の縁から──
血が、途切れる事なく溢れ出していた。
「⋯⋯あ゙⋯⋯っ、ぁ⋯」
男の口が
何かを懇願するように動いたが
その声が漏れる事はなかった。
やがて
そのまま男はぐったりと
目を見開いたまま、頭を垂れた。
「⋯⋯ちっ!」
ソーレンは
つまらなそうに舌打ちしながら
男の足元に唾を吐いた。
「⋯⋯耐えねぇな、クソが」
その言葉の後ろで
残された3人の男達が
声を上げて泣き叫んでいた。
「ひ⋯⋯ひぃぃっ!!」
「うあぁぁっ! た、助けてくれ⋯っ!」
「なんでも話す!!
なんでも話すからぁぁっ!!」
ソーレンは
そんな声には耳を貸さず
ゆっくりと次の獲物へと視線を向けた。
琥珀色の瞳が
闇の中で獰猛に輝いていた。
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狂気に染まった狩人、ソーレン。 命乞いも哀れな叫びも、彼を止めるものはない。 血塗れの森に響くのは、破壊と圧殺の音だけ。 ──冷酷な死神は、まだ飢えている。