冬の澄んだ空気が広がる静かな午後、ことはさんの店内には心地よい音楽が流れていた。その一角、窓辺に佇む少女がいた。雪のように透き通る白い髪が陽の光を受けて淡く輝き、どこか儚げでいて優しさを感じさせる。雪の結晶がモチーフの水色の小鞠簪が軽やかに揺れ、微かに「シャラッ」と音を立てた。
「桜伊織」と呼ばれるその少女は、静かな瞳の奥に深い決意を宿しているようだった。彼女の橙色の目が光を反射し、まるで冬の夕陽が空を染める瞬間のような温かさと強さを感じさせる。その姿は、彼女が背負ってきた時間と未来への希望を語るようだった。
伊織はそっとカウンターの上に手を置き、小さく息をついた。表向きの彼女は温厚で優しい少女として知られているが、その静けさの中に隠されたもう一つの顔――兄譲りの強さと反抗的な一面――を持っている。透き通る髪と瞳の奥に秘められた強い意志。それこそが彼女をただの少女以上に見せる魅力だった。
店内には穏やかな午後の雰囲気が広がっていた。ことはさんはレジ前で帳簿を確認しながら、微笑みを浮かべた。
「伊織ちゃん、ここの在庫管理、またズレてるみたいなのよね。でもまあ、大丈夫よ。こうやって毎日やってれば慣れるものだから。」
「分かってます、ことはさん。」伊織は軽く笑い、言葉を返した。「もし手が足りなかったら私が手伝いますから。」
その時、店のベルが乾いた音を立てて鳴り響く。扉が開くと、冷たい風が少しだけ店内に吹き込んだ。大柄な青年が最初に入ってくる。
「よー」桜 遥の声が響き渡る。その後ろには楡井、蘇枋、柘浦、杉下の姿が続く。
ことはさんは彼らの姿を見て、軽く目を細めながら微笑む。「おお、全員そろってんじゃん。珍しいわね、こんなに揃うのは。」
伊織はカウンターの向こうから彼らを眺める。桜遥以外は初対面の顔ぶれだ。その橙色の瞳がわずかに動き、彼らの姿をしっかりと観察する。
桜 遥は何事もないように自信たっぷりに笑いながら言った。「いや、特に理由があるわけじゃないけど、こういう日があってもいいだろ。みんなで集まるのは悪くないしな。」
楡井は少し照れくさそうに頭をかきながら、「まあ、元気が取り柄みたいなもんですからね。」と冗談めいた言葉を添える。
伊織は静かにその場を眺めながら、彼らがどんな人物なのかを探るように考えを巡らせる。桜遥の軽い話し方にもどこか安心感があり、彼らとの関わりが新しい扉を開く予感を彼女に抱かせた。
店内の空気が少しざわつき始めた。桜遥がレジの近くに立ち、「ことは、オムライス頼む。」と照れながら声を掛ける。その声に応えるように、楡井たちが店内を見回している。
杉下がふと窓辺にいる少女に気づき、軽く眉を上げた。「遥、この子、誰だ?」
その言葉にみんなの視線が自然と窓際の伊織に向けられる。伊織は少し柔らかい表情を浮かべながら、橙色の瞳をゆっくりと彼らに向けた。
「妹だよ。」遥は何でもないような調子で答え、カウンターに手を置きながら続けた。「桜伊織、中学3年生。まあ、俺より優秀だし、ちょっと厄介なところもあるけどな。」
「よろしくね!」蘇枋がにこりと笑いながら軽口を叩く。「オレ、レオナルド・ディカプリオ。桜君のことは知ってるけど、君もなかなか見た目が兄譲りだね。」
その冗談に柘浦が笑いをこぼし、店内が一瞬和やかな雰囲気に包まれる。伊織は冗談を和やかに受け止めつつ、少し考えるような素振りを見せながら口を開いた。
「蘇芳くんっていうんだよね。さっきみんながそう呼んでるのを聞いて分かった。よろしく。」
その柔らかい挨拶に、蘇枋は少し驚いたような表情を見せながらも、すぐに笑顔で応じる。「おお、よろしく!君、しっかり観察してるんだな。いいね、そういうの!」
店内は柔らかく和やかな雰囲気に包まれ、ことはさんは微笑みながらカウンター越しに彼らを穏やかに見守っていた。
ことはさんの店内のテーブルを囲み、話し声が賑やかに響く中、楡井秋彦はふと視線を伊織に向けた。そのまま軽い調子で質問を投げかける。
「桜さんって、どこの中学なの?」
伊織は柔らかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと答える。「青嵐中学よ。」
楡井は少し興味深そうに頷き、「へえ、青嵐か。結構賢い学校って聞いたことあるけど、勉強とか得意なの?」と続ける。
「そうね、やるべきことはきちんとやってるわ。」伊織は穏やかに応じながらも、どこか落ち着いた視線を秋彦に向けていた。その瞳は相手を見逃すことなく観察しているかのようだった。
「部活とか入ってる?いや、なんていうか、運動神経良さそうに見えるからさ。」
「部活は入ってないの。でも、体を動かすのは嫌いじゃないわ。」伊織の返答は軽やかでありながら、虎視眈々と質問の意図を捉えているかのような鋭さも感じさせる。
「将来って、どんなことしたいとかあるの?」秋彦は少し控えめながらも、興味を隠せない様子で尋ねる。
伊織は少し考えるように視線を伏せた後、再び柔らかな笑みを浮かべて答えた。「はっきりとは決めてないけど、人を助けられるようなことをしたいとは思ってるわ。」
その言葉に秋彦は感心したように「そっか。いいね、それ。」と返す。伊織は微笑みながら軽く頷き、どこか穏やかな空気をその場に漂わせた。
遠くで遥が「おい秋彦、質問ばっかりしてんじゃねえよ。伊織が疲れるだろ!」と笑いながら茶化す。秋彦は照れくさそうに頭を掻き、「いやいや、ただ気になっただけなんだよ!」と言い訳する。
伊織はそんなやりとりを横目で見ながら、柔らかな微笑みのまま場の雰囲気を静かに見守っていた。その瞳には、虎視眈々とした鋭さが一瞬だけ宿りながらも、和やかな空気を壊すことなく漂っていた。
ことはさんの店内に響いていた賑やかな声も次第に落ち着き、みんなが帰り支度を整えていた。柘浦がコートの襟を直しながら「そろそろ帰るか」と呟き、杉下が無言で扉へと向かう。楡井は蘇枋と軽く言葉を交わしつつ、同じく準備を進めていた。
その中で、桜遥は少し真剣な表情を浮かべて妹の伊織に声を掛けた。
「伊織、明日お前は学校休みだろ?」
「そうだけど。」伊織は兄の言葉に目を向け、穏やかな口調で答える。
遥は一度深く息をつき、静かながらも確かな声で言葉を続けた。「明日、俺たちに同行してみないか。喧嘩の現場。」
その提案に伊織は少しだけ首をかしげながらも、興味を引かれた様子で問いかける。「私が行ってもいいの?」
「もちろんだ。俺が責任を持つ。」遥の声には迷いがなく、妹を守る兄としての真摯な決意が込められていた。
「お前にも俺たちがどういう場所で動いているのか、知っておいてほしいんだ。必要なことだと思うから。」
周りで聞いていた蘇枋が「ねぇねぇ、桜君。いきなり喧嘩の現場に連れていかせるとか、驚かせるつもり?」と軽く笑いながら言う。
「違う、伊織ならちゃんと受け止める。俺の妹を信じてるから。」遥はしっかりと答えた。その言葉に蘇枋も軽く肩をすくめるだけで、それ以上の茶化しはしなかった。
伊織はその真摯な兄の姿勢を受け取った後、静かに微笑みながら頷いた。「分かった。明日、行く。」
遥は満足げに微笑んで「それで決まりだ」と言い、店の中に穏やかな空気が広がる。ことはさんはその様子を静かに見守りながら、小さな笑みを浮かべた。
つづく
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