テラーノベル
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「どうして、私みたいな人と……?」
講義室の端。
寿司子は、目の前の金髪の少女に圧倒されていた。距離が近い。なんかいい匂いがする……と余計なことを考えてしまう。
「ノリやノリ。寿司にはつきもんやろ?」
「……」
「笑えやっ!!」
ビシッと、肩に強烈なツッコミ打ちが入る。痛い。
「あんたのネタ見ながらな、ずっと心の中でツッコミ叫んでたわ。最後の講師とのやり取りも最高。あれ、計算やろ?」
寿司子は、小さく瞬きをした。
自分の『ネタ』を、変りモノ扱いせずに『最高』と呼んでくれたのは、彼女が初めてだった。でも講師とのやりとりは『計算』ではなくて『アドリブ』だ。
「なあ。一つ、お願いがあるんやけど」
「……何ですか」
「試しに一回、あんたのネタにツッコませてくれへん? あんたのボケ、今のままやと宝の持ち腐れや。……うちが、生かしたる、どや?」
寿司子は、数秒だけ自分のネタ帳を見つめた。
「……三日後。第二スタジオで」
リコが、いたずらっ子のようにニカッと笑う。
「決まりやな。逃げんなよ」
───
三日後。
西日の差し込む小さな稽古場で、二人は向かい合って立っていた。
センターマイクはない。あるのは、互いの呼吸だけだ。
「ほな、うちがツッコミ。……いけるか?」
「……多分。コンビ用に、少し書き直しました」
「よっしゃ。いってみよか……はい、どーもー!」
リコの明るい声が、スイッチになる。
「本日は『全シャリ教会』の説明会へようこそ」
「聞いたことないわ! 宗教法人の認可下りるか!」
「我々は、すべての寿司に魂が宿ると信じています。……特に大トロには、神が宿ります。皆の者、崇めよ」
「一番高いやつやないか! 煩悩の塊や!」
「年に一度、ご本尊を……厳かに、いただきます」
(↑イメージ画像です)
「食うなっちゅうの! 崇めろ言うたん誰やねん!」
「“いただきます”は、“信じてます”の古語です」
「嘘つけ! どこ調べやねん!」
「シャリよ、我にネタを……、……げふっ」
「胸やけ起こしとるやないか! もうええわ!」
「「ありがとうございました〜!」」
二人の声が重なり、静寂が戻る。
次の瞬間、リコが膝を折って笑い出した。
「あはははっ! やばっ、めっちゃやりやすい! あんたのボケ、間が最高やわ!」
寿司子は、自分の指先が熱くなっているのに気づいた。
一人で演じていたときは、空気はいつも冷たかった。投げたボールは、そのまま壁に当たって落ちるだけだった。
でも今は、投げたボケが、何倍もの熱量になって返ってくる。
床に座り込んだリコが、約束の缶コーヒーを差し出してきた。
「ほら。微糖」
「……ありがとうございます」
プシュッ、と小気味よい音が響く。
「……私、一人でやってたら、伝わらないですよね」
「せやな」
即答だった。けれど、リコの目は笑っている。
「せやけどな、ただの変な奴をちゃんと『芸人』に見せるのが、ツッコミの仕事なんや。あんたの頭ん中、うちが全部、お客さんに通訳したる」
通訳。
寿司子の胸の奥で、カチリと何かが噛み合った。
「……じゃあ。私のネタ…全部預けます」
「重いわっ!せや、コンビ名どないしょ?稲瀬リコと寿司子。イナリとスシ……」
言葉にした瞬間、リコが顔を輝かせた。
「……イナリズシやん」
「……あ」
派手じゃない。けれど、誰も嫌いじゃない。
「決まりや。コンビ名、イナリズシ!どや?」
「……いいと思います」
背筋を伸ばす二人の影が、西日に長く伸びる。
「よし。次のネタ見せ、これで行くで!」
「は、はいっ」
「なあ寿司子。ウチと売れたら、回らへん寿司奢ってな?」
「……信仰上、可能です」
「もぉ、ええっちゅうねん!」
二人の笑い声が、狭い稽古場の壁を震わせた。
『イナリズシ』
いつか、この名前が舞台やテレビで何度も呼ばれる日が来ることを二人は夢見た。
──続く
コメント
2件
旧第4話〜第7話をまとめて、文章書き直しとイラスト追加をしました。
♡50達成ありがとうございます🙇