戦場の花

👁️ 第三十章：夜の脱走と、二人の静かな監視1. エルヴィンの「静かな放置」

サクラが窓からワイヤーで抜け出した夜。エルヴィン団長は、執務室の机でペンを走らせていた。彼が集中力を高めると、周囲の気配は完全に意識の外へ追いやられるように見える。

しかし、サクラが窓から抜け出した微細な気流の変化、そして彼女が床にワイヤーの痕跡を残さなかった完璧な技術は、エルヴィンに全て把握されていた。

エルヴィンは、ペンを動かす手を止めなかった。彼は、サクラが何のために行動したのか、そしてどこへ向かったのか、を論理的に予測していた。

（研究棟へ向かったか。やはり、彼女は、私が提供した情報だけでなく、自分自身の力で、真実を掴もうとしている）

エルヴィンは、サクラの行動を妨害しなかった。なぜなら、サクラが自ら掴んだ情報は、彼女の**『戦略的価値』をさらに高め、結果的に彼女が自分を必要とする理由**を強固にするだろうと考えたからだ。

彼にとって、サクラの自由な行動は、**「彼女の能力証明」であり、「私への忠誠のテスト」**だった。エルヴィンは、サクラが自力で得た知識こそが、明日の会議でリヴァイを打ち破るための、最高の武器になると確信していた。

彼は、サクラの行動を知りながら、意図的に放置したのだ。

1. リヴァイの「執拗な清潔」

一方、兵舎外の巡回任務に就いていたリヴァイ兵士長は、サクラがエルヴィンの隣に隔離されて以来、異常なほどの**「縄張り意識」**を発揮していた。

夜間、リヴァイは、エルヴィンのいる執務室の周囲に近づくことは禁じられていたが、代わりに兵舎全体の清潔と安全のチェックを、常軌を逸した頻度で行っていた。

サクラが研究棟から戻り、自分の仮眠室に入る直前、リヴァイは、研究棟の階段の手すりの清潔チェックを行っていた。

リヴァイは、通常ありえない場所の微細な埃の付着と、サクラが使用したであろうワイヤーが残した、ごく僅かな金属の匂いを察知した。

（サクラの体から、外の埃の匂いがする。そして、この臭い…廃棄されたワイヤーの匂いだ）

リヴァイは、サクラがエルヴィンの目を盗んで**「無防備な行動」**に出たことを察した。彼の怒りと嫉妬は、再び沸騰した。

（あの野郎…！俺から指導権を奪っておきながら、サクラの安全管理ができていないだと！？サクラを穢れた外の世界に晒しやがって！）

リヴァイは、エルヴィンの「戦略的隔離」が、サクラの**「清潔」と「安全」**を確保するという点において、完全な失敗であったことを証明する証拠を掴んだ。

3. 明朝の対決への影響

翌朝。三者会議の直前。エルヴィンとリヴァイは、執務室で顔を合わせた。二人の間には、言葉にならない緊張感が漂う。

エルヴィンが、冷静に会議の議題を確認しようとした瞬間、リヴァイが冷たい声で切り出した。

「団長。お前の**『戦略的隔離』**は、昨夜、完全に破綻した」

リヴァイは、手に持っていた、研究棟の手すりから採取した微細な埃を、エルヴィンの執務机の上に静かに落とした。

「サクラは、お前の目の前で、窓から抜け出し、汚い研究棟に立ち入った。お前の『監視』は、無意味だ。お前の『隔離』は、サクラの**『清潔な自由』を奪っただけで、『安全』**は何も保証できていない」

エルヴィンは、リヴァイの言葉に、初めてわずかな動揺を見せた。リヴァイは、彼の**「管理の失敗」**という、最も痛い部分を突いたのだ。

「リヴァイ。君の勝手な行動は…」

「勝手だと？俺は、**サクラの『身体の清潔と安全』**という、最も根源的な部分を管理した。そして、お前の『理性』が、それを怠ったことを証明した」

リヴァイは、エルヴィンに一歩踏み出した。

「三者会議では、**サクラが『安全に生きる』ための、俺の『清潔な未来』を提示する。お前の『大義のための犠牲』は、サクラの『無駄な冒険』**を生んだだけだ。さあ、勝負だ、団長」

サクラの夜の行動は、二人の対決に、予測不能な第三の要素を加えた。エルヴィンの「戦略的優位性」は揺らぎ、リヴァイは「清潔な管理者」としての最終的な武器を手にしたのだ