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床に僅かばかりの光を反射する水溜まりに飛沫《しぶき》を上げ、無作為に吐き出される蒸気の中を泳ぐ。内部に籠った湿度が薄い谷間に雫を作ると、着慣れない衣装が汗で張り付き、筋肉の動きの邪魔をした。
「チッ、走り辛くて草臥《くたび》れるわ」
―――派手なミュールの踵を地面に叩きつけ折る―――
更に細い配管の脇道に入ると、突き当りに現れた今にも錆び付き崩れそうな華奢な梯子《はしご》を登って行く。此処まで来ると、走り続けたせいで疲れ果て、体力も限界を迎えた。先を登る護衛が落とす錆の鉄粉が、パラパラとミューの頭に降り掛かると、流石にご機嫌も悪くなる。
「オイッ ぽんこつドール。一体何処まで連れてく気なんだ? 」
「シュウゴウバショマデ ゴアンナイシマス」
「だから何の集合場所なんだよッ」
「シラネ~ヨ」
―――ミューの顳顬《こめかみ》にピキッと血管が浮かぶ―――
「此奴ッ――― 」
梯子と平行して伸びる入り組んだ配管の隙間からチョロリと何かが蠢いた。ミューは一瞬ギョッとした表情を示すと、護衛がムンズと捕まえる。暫くギリギリと力を込める素振りを見せると、掌の中でボンッと小さく爆発し砕け散った。
「なッ? 鼠型のセキュリティロボってヤツ? 」
「セイカイデス。ミツカルト ヤッカイデス」
まだ伸びる梯子の途中に中継ヵ所の様な少し平らなスペースを見つけるとミューはたまらずペタンと腰を降ろした。
「無理ッ。疲れた。喉が渇いた。此処まで来れば追っ手も来ないでしょ?少しくらい休憩させろポンコツ」
「ワカリマシタ。デハ ココデ キュウケイ シマショウ」
「ねぇ? 喉渇いたんだけどッ アンタ何か持ってないの? 」
「スコシ オマチクダサイ。ゴヨウイ イタシマス」
「有るの? アンタ優秀なのねッ。ポンコツなんて言って悪かったわ」
「ワカッテ イタダケレバ ケッコウデス」
そそくさと光の届かない暗がりへと向かい、暫くするとジョボジョボと不穏な音が木霊する。「フィ~」と何故か満足した声が響くと、暗がりからゆっくり現れドウゾとホカホカのカップをミューに手渡した。
「ホラヨ」
ヒクつく顳顬《こめかみ》に考え過ぎだと言い聞かせる。流石にそんな事が有る訳ないだろうと。併《しか》し先程の不穏な音が耳から離れない。取り敢えず最近覚えた大人《淑女》に成って作った笑顔で冷静に確認してみる。
「ねぇコレ…… この短時間でどうやって用意したの? 」
―――既に先程の無礼の数々にミューの頭は爆発寸前である―――
「エッ? コノ コカンノ ジャグチカラ――― 」
嗚呼矢張《やは》りかと、ゆらりと天を仰ぎ白目を剥いた刹那。熱々のカップを投げつけ、護衛を蹴り飛ばすと馬乗りになり、天井裏《バックヤード》から銃を出し顎裏に銃口をあてがった。
「アア ヒメサマ キットワタシハ ブレイヲハタライタノデスネ」
「さっきからずっと無礼なんだよッ」
「マヂカヨ」
「言い残す事は無いかポンコツ」
「ワタシノコイビトニ アイシテイタト オツタエクダサイ」
「あぁ分ったッお前の名は? 」
「アンドロイド death《デス》」
「チッ――― 」
「お前の恋人の名前はッ? 」
「アンドロイド death《デス》」
プチッと何かが切れた。ミューは護衛の頭を掴みブンッと投げ落とすと、クルリと背を向けため息をつく。落下する暗闇から叫び声が伸びやかに響き渡って行く。
「アァァァァ―― ワガショウガイニイッペンノクイナシ!!―――」
「そりゃあ良かったdath《デス》ッ」
「オボエテロォ」
「悔いだらけかよ」
ドオンと爆発を確認すると、漸く安心して梯子を登り出す。どの位登って来ただろうか、やっとの思いで暗闇から抜け出し、僅かな明かりへと近付いて来た。
集合場所には多少なりとも興味が有ったが、もぅその場所を知る由《よし》もない。行ったとしても面倒事に巻き込まれるのがオチだ。いや、もう既に、こうして厄介事に巻き込まれているのだからと自分に言い聞かせる。
梯子を上り切り左右を見渡す。赤錆に濡れた地面に僅かな光が差し込むと、見た事も無い小さな虫達が一斉に姿を暗闇に隠す。ミューは半開きの鉄扉を見つけると、身体をグヌヌと強引に滑り込ませた。蒸し暑かった空間が終わりを告げると、肌を爽やかな風が通り抜けて行く。
「さてッ、この先は何処に繋がってるのかしらね」
狭い隔離された通路を進むと、左右に道が分岐する。ミューは僅かな風を感じ乍らその方角へと歩みを進めると、漸く賑やかな人の声が耳に届いてきた。
「正解じゃんッ」
格子の付いた鉄扉に辿り着き、覗き込むとその先には非常階段のホールが見えた。隔《へだ》てた赤錆の鉄扉を良く確認すると、扉は向こう側から鍵をロックする形状である事に気が付いた。従って解除はこちら側から可能である。
「ラッキーッ」
錆び付いた鍵を開けて重たい鉄扉をギギギと押し出す。もう何年も使われてはいないのだろう、顔を真っ赤にして漸く細い暗がりから抜け出すと、目の前にびっくりした顔を曝け出す生き物と遭遇した。
「ゲロッコ デメコゲーコ コロッケ? コゲコロッケ? 」
ミューは顔をムンズと掴みポイと鉄扉の奥に投げ込むと、びっくり顔の生き物はボヨンボヨンと弾む度にゲロッゲロッと鳴きながら消えてった。
「アタシッ今日何回投げりゃ気が済むのよ全く。やれやれ|dath《デス》ッ」