コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「さてと。この非常階段を上に行くかッ それとも下に行くかって所ね。まぁ下から上がって来たんだから、ヤッパ上よねッ」
幾分手入れされている大きな非常階段を上って行く。日が当たらないせいか多少カビ臭さはあるものの、鼻腔《びくう》を突き刺すような腐食した鉄の匂いは、何時しか消え失せ、空気の淀みも感じられない。
カカンカンカンと階段を弾く踵《かかと》の無いミュールは、予想以上に非常階段を騒がしくする。ミューは堪らずその場に脱ぎ捨て、裸足で先を急いだ。
漸《ようや》く人の声が大きく聞こえる騒がしい扉を見つけ外に出ると、【只今清掃中】の小さな立て看板にドンガラガッシャンと躓《つまづ》いた。すっかりバケツを頭から被りペタンと座り込むミューに振り返った大人達が駆け寄る。
「あいたたた。カエル清掃員のトラップかよッ」
「大丈夫かい? お嬢ちゃん。あららビッショリだなぁ。しっかりしろ、風邪ひくなよ」
手を差し伸べた人物に警戒し、顔も見せずに礼を述べた。
「あっ、えとッ 有り難う」
「随分とドロだらけだなぁ。服なら娘のがあるから俺ん家に行こうや、ほら直ぐそこだから」
「だっ大丈夫だからッ」
「あっ、おい―――⁉ 」
面倒事はもう御免だ。今は一刻も早く船のもとへと赴き、《《バザー》》のバックアップを回収したい。どっかのポンコツアンドロイドとは訳も金額の桁も違う優秀なAIを手放す訳にはいかない。それこそ闇のジャンク屋に先に回収されてしまう恐れもあった。
走り出しながらキョロキョロと警戒し視線を流すと、洗濯物を干すロープが住居同士を繋いでいる。一見して此処はこの戦艦に従事する者達の居住区の様に思えた。ロープに干された色取り取りの洗濯物達が、思い思いの絵面《えづら》を、そんな街並みに描いている。
「人目が多い所に出て来ちゃったみたいねッ」
余所見《よそみ》をしながら入り組んだ通りを飛び出すと、車輪に沢山のブラシを回転させながら突き進む、大型の清掃車と出会い頭に接触し、何と事も有ろうか、ヒラヒラの服のリボンがブラシに巻き込まれてしまった。
「ちょっ、コラッ やばばばば――― 」
―――ぎゃッ―――
引っ張り合いになるとビリビリと服が裂け、すぽんっと脱げると同時にゴロゴロと後に転がった。そのままタイミング悪く、誰かが閉じるのを忘れた小さなダスターシューターに身体が吸い込まれると、またもや下層へと滑り落ちて行く。
「何でよッ クソ野郎~ 此処まで来たのにッ ざけんなあぁぁぁ」
爪を立てシャカシャカと抵抗するものの、加速度は容赦なく小さな体を下層へと運んで行く。ポイッと身体がシューターから吐き出されるとゴミの山に頭から突っ込んだ。ぐぬぬと頭を引っ張り出すと大きなため息をつき、余りの不運に暫し呆然とするしかなかった。
ゴミの山で胡座をかくと置かれた状況を整理する。グゥとお腹が声を上げると、生きている実感が込み上げて来た。ぽっこりだったお腹は既に凹み何か寄越せと鳴いている。
「確か服を着てなきゃ美味しい物を食べる資格は無いとか何とか言ってたわよねッ…… 」
ミューはゴミの山を漁りだす。足元に埋まり絡まった電気の配線を勢いよく引き抜くと、異臭と共に生ゴミを天へとぶちまけた。魚の骨が髪飾りに変わり、ハエの大群が大騒ぎで周りを踊ってる。
「ペッペッ最悪なんだけどッ」
キュインキュインと不穏な電子音を奏《かな》で、丸い物体が高速で飛んで来ると、山積みされたゴミを越え鼠の大群がミューに迫る。数体の球体にサーチライトで姿を露わにされると、古めかしいサイレンが辺りに響き渡った。
「これって侵入者扱いって事よねッ 排除しますってか? 上等じゃねぇかッ」
ミューの眼光が赤く光を放つと空間が歪み渦を巻く。鼠の大群が一斉に飛び掛かると、闇を抜け出した蝙蝠《こうもり》達がミューの身体に一瞬で繭《まゆ》を作り弾き飛ばした。一歩踏み出すと同時に、蝙蝠達は主の為に身を挺《てい》し自ら踏み台となり、空中にミューを浮遊させた。
「いい子ねッ お前達。邪魔な奴等を殲滅しなさいッ」
手入れの行き届いた庭園の中庭で、優雅に茶を嗜《たしな》む人物に、侍女が軽く頭《こうべ》を垂《た》れてから静かに耳打ちをする。幻想的な中庭は、どこか現実味が無く、特別な空間である事を認識させた。
「へぇ。そう…… 面白い噂話ね。少し調べてみても良さそうね」
「では、そのように」
「そうね。何か情報が入り次第また報告して頂戴」
「畏まりました」
「それと…… 」
「はい」
「この件については内密に。特に女神達には気付かれぬよう」
「心得ました」