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※※
芳也は麻耶と別れると、麻耶から見えない所で立ち止まった。
これで本当に麻耶を手放した。芳也はそう思うと喪失感が襲った。
きっと初めて会った時から、麻耶が気になっていた。
愛しそうにチャペルについて話す麻耶を、パイプオルガンを奏でる姿を。
仕事の時は完璧で、凛とした姿にひかれて、家の中では表情がころころ変わり、よく笑いよく泣いて。
いつも全力で自分にぶつかってくる麻耶が芳也には眩しかった。
(この俺が。人を寄せ付けないつもりだった俺がずっと一緒にいたいと願ってしまった……)
しかし、どこかでストッパーが働き、麻耶に冷たくひどい態度も取った。
その度に傷ついたり泣いたりする麻耶を見たくなくて。すぐにやっぱり甘やかしてしまう。
側に麻耶がいることが幸せで。
麻耶を突き放すつもりだったのに、可愛くて愛しくて、どうしても離れたくなくて。
止めないといけないと思うのに、あと少しだけ、もう少しだけ。そう思って麻耶の手を離すのが遅くなってしまった。
そしてとうとう抱いてしまった。唇にキスをしなかったのは最後の悪あがきだった。
ブライダル業界に籍を置くものなら、毎回呪文のように伝えるその言葉。それが今では悪い呪いのような気すらする。
唇のキスは愛情のキス。麻耶と見た映画のあの美しいシーンが頭に浮かび上がる。
身体を重ねて置いて、なにを言っているんだ。そんなことはわかっている。でも、芳也にとっても唇へのキスは重いものだった。
唇に触れてしまったら、もう、遊びとか欲求のはけ口という言い訳が自分でできなくなりそうで。
止まらなくなりそうで。
でも、これ以上麻耶を縛り付けることはできない。
麻耶には幸せになって欲しい。自分では麻耶を幸せにできない。そう思うしかなかった。
こんなにお互いボロボロになるためじゃなかった。
たった1秒の麻耶の唇の感触が消えなかった。
(俺には幸せになる資格はない。あんなに大切な物を、壊したのだから……)
※
「友梨佳ありがとうね。お世話になりました」
1か月後の水曜日ようやく家を決めて、麻耶は友梨佳の家の居候から卒業することにした。
「近いんだからいつでも一緒にご飯食べようよ」
ニコリと笑った友梨佳に麻耶も笑顔を向けた。
芳也の家とは全く反対方向にあった友梨佳のマンションの近くに麻耶は家を借りた。
まだ、今は誰かがそばにいてくれるのが嬉しかった。
新しい部屋は築5年でまだ綺麗で、1Kという間取りだったが、麻耶には十分だった。
あの快適で優しい時間が嘘のように、静まり返った部屋に一人になり麻耶は慌ててキッチンに向かった。
「こんな時はお味噌汁。おばあちゃんのね」
そう声に出しながらみそ汁を作りながら、また涙が落ちた。
(あーあ、いい加減にしなきゃ。こんなことになるならあの時拾われるんじゃなかったな……)
そう思ったが、やはりこれだけ人を好きになった事を、後悔はしたくなくて麻耶はゆっくりと涙を拭った。
お味噌汁をゆっくり胃に入れると、大きく息を吐いた。
(おいしい……)
(今日からは新しい気持ちでがんばろう)
麻耶はそう思うと窓の外に目を向けた。
芳也の部屋から見えた夜景はもう見えない。
すぐ近くに屋根が見えるこの景色が、自分の身の丈に合っている。麻耶はそう思った。
一人暮らしにも幾分か慣れて、麻耶は相変わらず仕事に没頭していた。
そしてOPENから2か月経過したこともあり、芳也が姿を見せることはなくなり、麻耶は姿をみないで済むことに安堵していた。
「ねえ麻耶ちゃん、噂聞いた?」
打ち合わせから戻って席に着くと、美樹に声を掛けられた。
「噂ですか?」
「うん、社長の」
美樹はウキウキしながら言ったが、社長と言うフレーズで、麻耶はドキンと胸が鳴った。
「……なんですか?」
何とか言葉を出すと、麻耶は書類を見るふりをして美樹から目を逸らした。
今目を見られると、どんな内容であれうまく笑える自信が無かった。
「ほらこれ!」
美樹はスマホを出すと、ネットの芸能ページを開いた。
【早川アイリ熱愛!お相手はイケメンブライダル会社社長!結婚間近!】
そこには、ブライダルフェアの時の芳也とアイリの写真が載っていた。
(そっか……やっぱり決めたんだ)
麻耶はそう思うと、心に感情が流れないようにシャットアウトすると、「芸能人と結婚とか、社長も有名人ですね」
なんとかニコリと笑えただろうか?そう思いながら麻耶はスマホの画面から目を逸らした。
「麻耶ちゃん……最近元気ないけど大丈夫?」
まさか、その原因がいま話題に上った人とはいう訳にも行かず、「大丈夫ですよ」そう言った麻耶を、美樹は心配そうに見ていたが、
「何かあったら言うんだよ」
そう言って自分の席に戻って行った。
(ありがとうございます)
心の中で呟くと、麻耶は仕事に戻った。
※※
同じころ、芳也は実家に呼ばれていた。
世界のMIYATAグループ社長の父。
10年前に勘当同然でアメリカに行って以来、会話もしていなかったし、芳也にとって帰りたくない場所だった。
でも拒否することもできない場所。
木々が生い茂り、門から家までを車で進む。
ガレージに車を停めるのははばかられ、来客用の駐車場に車を停めると玄関へと向かった。
懐かしいような、複雑な気持ちで歩き、大きな扉を見上げた後インターホンを押した。
「芳也おぼっちゃま。お帰りなさいませ」
玄関から現れたその人を見て、芳也は頭を下げると言葉を続けた。
「斎藤さん、父は?」
「ご案内します」
広々とした吹き抜けの玄関を抜け、正面に見える階段を芳也は見つめた。
家政婦をしている斎藤は、顔の表情を変えず書斎へと案内をしてくれた。
(相変わらず、俺の居場所はないな……この家には)
小さい頃から父と遊んだ記憶もなければ、褒められた記憶もない。
厳格で自分にも他人にも容赦のない人だった。
大企業のトップになるためには、こんなにもいろいろな物を犠牲にしないといけないのか。
母を顧みない父を見ていつも思っていた。
そして常に言われるのは、「宮田の名を汚すな」「宮田にふさわしい人間になれ」それだけだった。
父の書斎が近づくにつれて、頭痛がする気がした。
芳也はノックをしてゆっくりと中に入ると、昔とはあまり変わらない父の書斎が目に入った。
相変わらずの本に埋もれた部屋。
そして相変わらずニコリともしない父がソファに座っていた。
「ご無沙汰しております」
ゆっくりと頭を下げた芳也に、父は正面に座るように促した。
「こないだ早川頭取にお会いした」
唐突に掛けられたその言葉で何のことかはわかった。
元気か?久しぶりだな。そんな言葉を期待することはなかったが、いきなりの言葉に芳也は小さくため息をついた。
「はい」
「お前はアイリさんと結婚してもらう」
芳也はやはり……と黙り込み、沈黙が重く続いた。
「それは決定事項でしょうか?」
なんとかそれだけを言葉にしたが、すぐさま父か答えた。
「お前はどうせ結婚するつもりもないのだろ?」
その意味がどういう意味かわからないが、芳也は頷いた。
「聞けばアイリさんはお前の会社のモデルもしてもらっているそうじゃないか。週刊誌にも撮られたと聞いた」
少し語気を強めた父に、芳也は特に返事をしなかった。
「週刊誌の内容は、誤りで仕事をしただけです。なのでアイリさんとはお付き合いしておりません。しかし軽率でした。申し訳ありません」
ゆっくりと芳也は言うと、頭を下げ続けた。
「頭取からは、お互い好き合っていると聞いているが」
その言葉に芳也は、なにも言えず黙り込んだ。
(親父に何を言っても、どうしようもないのかもしれない)
「それは誤解です。私はだれも愛しません。お話は分かりました。今日はまだ仕事がありますので失礼します」
それだけを言うと、芳也は席を立った。
「芳也!待て!どこに行く」
その言葉を後ろで聞きながら、芳也はギュッと手を握りしめた。
(俺が宮田の為にできることはこれぐらいしかないのか?)
広い屋敷が窮屈に感じ、車に乗り込むとすぐに発進させた。
(好きでもない女と結婚か……)
芳也は自嘲気味に笑うと、ハンドルを切った。
(麻耶に……会いたい……)
苦しい時、麻耶がいてくれるだけで心が穏やかになった。麻耶がいるだけでよく眠れた。
身勝手すぎる自分に、芳也は小さく息を吐いた。
芙月みひろ
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#虐げられヒロイン