そしてまた翌日。今度はレイに数学の問題について質問しに行くことにした。
ちなみに今回、録画用の魔道具は教室に設置するのではなく、ヘアピンに偽装して制服のポケットに忍ばせている。もはやスパイのようだ。
そしてレイを探しに行くため教室を出ようとしたところ、ミアが「この時間は数学準備室に一人でいるはず」と言うので、とりあえず行ってみたのだが……。
「レイ先生はいらっしゃいますか?」
「お、ルシンダか。どうした?」
本当にいた。しかも他の教師はいないようだ。
(キャラの行動を熟知してる……。これが乙女ゲームオタクの力……)
ミアのストーカー並みの現在地把握能力に慄きながらも、数学のことで質問がしたいと伝えれば、レイが中に入るよう言ってくれた。
「お忙しいところ、すみません。どうしてもレイ先生に教えていただきたくて……」
ヘアピン魔道具のことがバレないか冷や冷やしながら入室すると、レイがルシンダを見ながら顔をしかめた。
一瞬、魔道具に気づかれたかと思ったが、どうやら違うようだ。
「お前に先生なんて呼ばれたり敬語を使われるのは、なんだか変な感じだな」
「確かに……。ずっとレイって呼んでましたし、タメ口でしたもんね。でももう先生なんですから、前みたいな話し方はできませんよ」
「お前は破天荒かと思いきや、意外と真面目だよな……。まあ仕方ない、学園では先生と呼ぶべきだしな」
ため息をつくレイと向かい合う形で椅子に座る。こんなに近い距離で話をするのは久しぶりなので、少しだけ緊張してしまう。
「それで、質問は何だ?」
「はい、このページの問題の解き方が分からなくて……」
「どれ、見せてみろ」
「ここなんですけど……」
ルシンダが教科書を開いて見せると、レイは先生らしい顔つきになり、ペンとノートを出して何やらサラサラと書きつける。
「この公式は覚えてるか? この手の問題は、この公式を使って解くんだ。ほら、やってみろ」
「あ、そっちの公式だったんですね……。あれ、この後はどうするんだっけ……?」
「この左辺の数値を右辺に移項して……」
「そうでした! それで、こうするのか…………あ、できました!」
いくら考えてもずっと解けなかった問題が、レイに解説してもらったおかげでするすると解ける。やはり一対一で教えてもらうと理解しやすい。しかもレイは静かに見守りつつ的確にサポートしてくれるので、変に焦ることなく落ち着いて考えられるのだ。
「数学の先生がレイ先生でよかったぁ……」
しみじみとそう呟けば、レイはくすりと笑って驚きの事実を明かした。
「そりゃあ、お前に数学を教えてやろうと思って専攻したからな」
「え?」
「お前、初めて会ったときに数学が苦手だって言ってただろ」
そう言われてみれば、そんなことを言ったかもしれない。でも、初対面でぽろっと話したことを覚えていてくれて、自分のために数学を専攻しただなんて思ってもみなかった。嬉しいけれど、なぜそこまでしてくれるのかと、少し困惑してしまう。
「……昔、ひねくれてた俺の目を醒まさせてくれた恩返しみたいなもんだ」
「恩返し……?」
そんなにたいそうなことをしただろうかとルシンダが首を傾げると、レイは引き出しからガサゴソと何かを取り出してルシンダに手渡した。黄色の包装紙に包まれたキャンディだ。
「ほら、問題が解けたご褒美だ。他の生徒には内緒にしとけよ」
ルシンダがこくりと頷く。
「また勉強の質問でも悩みごとでも、何かあったらいつでも来るといい。試験勉強、頑張れよ」
そう言うと、レイは子どもをあやすかのようにルシンダの頭をポンポンと撫で、退室するルシンダを見送った。
(お兄様といい、レイ先生といい、私の頭って撫でやすい形でもしてるのかな……?)
レイからもらったキャンディをこっそり口に含むと、ほのかに甘いイチゴの味がした。
◇◇◇
そしてあっという間に時は過ぎ、今日は試験の結果発表の日だ。
この学園では試験の総合順位が貼り出されてしまうので、ビリなんかになっていたら相当恥ずかしい。
ルシンダが掲示板の前に行くと、すでに人だかりができていた。順位がよかったのかガッツポーズをして喜んでいる生徒がいれば、悲しそうにうなだれている生徒もいる。
(お兄様とレイ先生に教えてもらったし、割と手応えもあった。きっとそんなに悪くないはず……)
祈るように組み合わせた両手をぎゅっと握りしめ、順位表で自分の名前を探す。
(私の名前、私の名前…………あった!)
なんと、15位と書かれた場所にルシンダの名前があった。
学年全体の人数が五十名なので、ルシンダにしてはなかなかの順位だ。
(15位! 私すごい!)
ちなみに、今回の試験の1位はアーロン、2位はライルだった。
(二人とも身分だけじゃなくて学力も高いんだなぁ……)
ルシンダが感心していると、ミアが上機嫌で話しかけてきた。
「ルシンダ、おめでとう〜! 頑張ったじゃない」
「ありがとう、ミアはどうだった?」
「わたしは5位だったわよ」
「えっ、すごい! ミアも頑張ったね」
ルシンダが健闘を称えると、ミアは急に何かの中毒者のように恍惚とした表情になって、ルシンダの手をがばっと掴んだ。
「ふふ、最高に尊い動画が撮れたおかげでやる気がみなぎったの。あなたのおかげよ、ありがとう!」
「ど、どういたしまして……」
それからしばらく、やたらと力強い手から逃れようとするルシンダと、動画の素晴らしさを語るべく絶対に手を離そうとしないミアの攻防戦が繰り広げられるのだった。
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