コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
初夏の爽やかな風が気持ちのいいある日。
ルシンダはミアと並んで森の中を歩いていた。
今日は林間学校の初日。これから、広大な山林の中にあるログハウスの宿泊施設で同級生と共に二泊三日を過ごすのだ。
今は四人一組の班ごとに分かれて、ログハウスへと向かう途中だった。ルシンダの班のメンバーは、ミア、ライル、サミュエルだ。
サミュエルとは今まであまり話すことはなく、今回同じ班になって初めて一日に二言以上話した。
眼鏡をかけた細身の男子で、少し神経質そうな印象だ。どうやら昆虫が好きなようで、ログハウスまでの道中で虫を見つけては近くに寄って楽しそうな声を上げている。
虫が大嫌いなルシンダがサミュエルの行動を引いた目で眺めていると、ミアがウキウキした様子で喋りかけてきた。
「ふふふ、この林間学校も原作のストーリー通りね。いいシチュエーションがいっぱいだから、わたしのことは構わず、みんなとたくさん交流してね!」
「みんな」というのは、言わずもがなアーロン、ライル、レイのことだ。
ミアは本当にいつでも乙女ゲームのことで頭がいっぱいのようだ。また試験の時のように隠し撮り魔道具を持たされるところだったが、ルシンダが今度は断固拒否してなんとか諦めてもらったのだった。
あの時はいいように丸め込まれてしまったが、おかげでミアに妄想の材料を与えることになって、あとあと大変だった。今回も同じ轍を踏む訳にはいかない。
「私は普通に過ごすからね。ミアの思い通りにはならないよ」
「あぁ〜、せっかくの夜イベントの動画が撮れないなんて拷問だわ……。わたし、ルシンダのために断腸の思いで諦めたんだから、せめてどんな出来事が起こったか、ちゃんと教えてよね! 絶、対、よ!」
「え? わ、わかった……」
ミアのもの凄い圧に押されて、結局イベントの報告を約束させられてしまったのだった。
◇◇◇
山道を三十分ほど歩いたところで、ようやくログハウスに到着した。
少しは休憩時間があるかと思いきや、部屋に荷物を置いたらすぐさま外の広場に集められた。王侯貴族が通う学園なのに、意外と容赦がない。
しかも初日の昼食は班ごとにスープを作る予定になっており、このままスープ作りを始めるらしい。
「ねえ、貴族が林間学校でスープ作りって、色々おかしいよね……?」
ルシンダが戸惑いながらミアに同意を求めると、ミアはなんてことないように言う。
「乙女ゲームの世界だもの。ご都合設定なところは当然あるわよ」
「原作でもスープ作りのイベントはあったの?」
「ええ、あったわよ。食材の組み合わせで美味しさの点数が変わったり、調理は包丁さばきとか火加減の調節がリズムゲーになってたわね」
「え、乙女ゲームなのに? もしかして、クソゲー的な……?」
「失礼ね。キャラクターとボイスは最高だって人気のゲームだったんだから」
「キャラクターとボイスは」ということは、それ以外はやっぱり不評だったのでは……と内心思うルシンダだったが、それを口に出すのはやめておいた。
そうしてミアとお喋りしながらスープに使う野菜を選び、下拵えしようとしたとき……。
「あれ、ミア、包丁の持ち方おかしくない……?」
なぜか包丁を逆手に持ちながら、まな板の上のジャガイモを睨みつけるミア。今にも哀れな芋を滅多刺しにしてしまいそうな様子にルシンダが声を掛けると、ミアは神妙な顔で包丁を置いた。
「……ごめん。ゲームでだったら料理イベントも完璧だったけど、リアルでは料理できないの」
「そうなんだ。私は前世では家事を手伝ってたからスープくらいなら作れるよ。ミアは味見と後片付けで活躍してくれれば大丈夫」
そもそも、貴族は料理ができないのが普通だ。ルシンダが調理を買って出ると、ミアはホッとした様子で礼を言った。
「ありがとう。味見は得意だから任せて!」
「ふふ、期待してるね」
ルシンダとミアが楽しく下拵えとその応援をしている間、ライルとサミュエルは薪割りをして火をおこしてくれていた。遠目で見ていた限り、ほとんどライルがやっていたようだが。
「ライル、サミュエル、お疲れさまです!」
ルシンダが力仕事をしてくれた二人を労う。ちなみに今回同じ班になってから、ライルが名前の様付けはやめようと言うので、ライルもサミュエルも呼び捨てで呼んでいる。
「このくらい大したことない。そっちこそ、調理をしてくれて助かる」
ライルが汗ひとつかいていない余裕の顔で返事をする。火も上手におこせているようだ。
「今から火を使わせてもらうね」
ルシンダは火加減を確認して、鍋を火にかけた。
鍋にオリーブオイルを入れて温め、みじん切りにしたニンニクを炒める。食欲をそそる香りがし始めたところで、細切りにしたベーコンを加える。ジュッと小気味よい音がして、肉の焼けるいい匂いがしてきた。
「わ〜、この時点でもう美味しそう!」
思いきり深呼吸するミアを見てくすりと笑いながら、ルシンダは続けてみじん切りにした玉ねぎを鍋に投入した。木ベラでささっと混ぜ、塩胡椒をかけて焦げないように注意しながらさらに炒める。
玉ねぎが透き通ってきたところで、今度は細かく切ったジャガイモとニンジン、キャベツを加え、また少し塩をふって軽く炒める。キャベツが少ししんなりしたところで水を加えて蓋をし、野菜に火が通るまでコトコト煮こむ。
しっかり火が通ったら、最後にまた塩胡椒をふって味を調えて完成だ。
「うん、こんなものかな。ミアも味見してくれる?」
「もちろん! どれどれ……」
ミアが鍋からひと匙すくい、息を吹きかけて冷ましながら、ゆっくりと口に運ぶ。
「…………美味しい!」
ミアが目を丸くして叫ぶ。どうやら味付けは大丈夫だったようだ。
「何これ! すっごく美味しいから早く食べましょ!」
「ほんと? そしたらお皿に盛りつけるね」
ルシンダが手早く人数分のスープを盛りつけ、ミアがパンを皿に並べる。ちなみにこのパンは施設側で用意されたパンだ。少し固めだが、スープと一緒に食べれば丁度よさそうだ。
食卓の準備を整え、みんな揃って食事を始める。
最初にいただくのは、もちろん熱々の特製スープ。ライルとサミュエルは、ミアの味見の様子を見てだいぶ食欲がそそられていたようで、待ちきれないとばかりにスプーンを口に入れた。
「…………美味い」
ライルとサミュエルの声が綺麗にハモるのを聞いて、ルシンダは顔を綻ばせた。
「美味しいですか? よかった〜!」
「ベーコンと野菜の味がよく出ていて、本当に美味しい。作っているところも見たが、ルシンダは料理が得意なんだな」
「得意ってほどでもないですけど、料理はしたことがあったので……。みんなの口に合ったみたいで、頑張ったかいがありました」
ライルもミアもしきりに味を褒めてくれ、サミュエルも会話には入ってこないが黙々とスープを口に運び続けているので、味を気に入ってくれたようだ。
そうして和やかに昼食を楽しんでいると、レイが様子を見にやって来た。
「スープは完成したか?」
「レイ先生! あれ、なんだか顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
ミアが心配そうに尋ねる。
「……ああ、問題ない。それより、いい匂いがするな」
「そうでしょう? ルシンダ特製スープ、ものすごく美味しいですよ。先生もいかがですか?」
「いいのか? じゃあ、俺にも頼む」
レイの分を盛りつけて差し出すと、レイはさっそく一口飲み、そしてそのままあっという間に一皿平らげてしまった。顔色もさっきより良くなっているような気がする。
「……美味かった。おかげで舌が生き返った」
「えっ、今まで死んでたんですか……?」
「ああ、他の班のスープを味見させてもらったら、ちょっとな……」
「そんなに危険な味だったんですか?」
「……アーロンの班は野菜が生煮えで、とにかくセロリ臭かったな……。別の班はなぜかブルーベリーを混ぜたようで、地獄みたいな色と味だった……」
遠い目をして語るレイに、ミアとライルが同情の眼差しを送る。
「うちのスープが一番だな。お前と一緒の班で良かったよ」
「ルシンダ、わたしたちの舌を守ってくれてありがとう」
それから夕食までの間、ルシンダの班は他の生徒たちから羨ましそうな視線を浴び続けることになったのだった。