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「……こういうの気にしすぎたら、ドツボに嵌まるって分かっているんです。尊さんはとても素敵な人だし、知らないところで女性と関係していてもおかしくない。疑ったらキリがないから、いま私を愛してくれる彼を信じるしかないと思っています」
「朱里ちゃんの意見はごく一般的なものだと思うよ。疑ったらとことん疑い倒すのは病的だけど、健全な人でも元カノがいるって知ったら、ある程度心配になるし、不安にもなるもんだ。だから俺は朱里ちゃんの気持ちを責めないし、尊も同じだと思う」
大人な回答を聞くと、自分の子供っぽさを痛感する。
「君の場合、下手に隠さずすべて知ったら、多少の痛みを抱えても自分で折り合いをつけていける子だと思ってる。だから尊を追い払って、もっと踏み込んだ話をしてみようと思ったわけだし」
「……信頼してくださって、ありがとうございます」
控えめに笑うと、涼さんは微笑む。
「宮本さんの事……、で合ってる? 元カノって言ったら、あいつがサラッと付き合った女も含むかもしれないけど」
「……はい」
私はまるで悪戯が見つかった子供みたいな気持ちで頷き、視線を落とす。
こんな話、堂々と顔を上げてなんて聞けない。
終わった過去をいつまでも気にするなんて、本来ならよくない事だ。
『それでも』と思うのが厄介なところなんだけれど。
「俺は人に気を遣うって苦手だから、真実を言うよ。言わなくていい部分はわきまえているつもりだけど」
「はい、構いません。覚悟しています。全部聞いて前に進みたいです」
答えると、彼は頷いてから話し始めた。
「あいつは最初、寂しさを埋めるように女と付き合おうとした。でも継母が『幸せにさせるものか』という執念を見せて、尊に好きな相手ができたと思ったら、その女を買収して別れさせていった。中には抵抗した子もいたけど、一般家庭生まれなら感覚が麻痺する金額やモノを提示されて、『付き合う人を一人諦めるぐらいなら』って思ったんだろうな。新しい相手を見つければいい話だし。面倒な継母がついている尊を選ぶより、金なりブランド物なり受け取って〝次〟に進んだほうが楽だと判断したようだ」
その話は知っていたけれど、改めて聞かされると、彼が如何に酷い扱いを受けたのかを思い知る。
「尊は『仕方ない』と笑っていたけど、だんだん異性に心を開かなくなっていった。自分に近づいてくるのは、見た目や篠宮の姓に惹かれる女だけ。『どうしても自分じゃなきゃいけない理由がないなら、もっと条件のいい男がいたら簡単に鞍替えするだろ』って思うようになっていた」
私はそっと息を吐き、カウンターに座っている尊さんを見る。
彼はグラスを傾けながら、マスターと何か話して穏やかに笑っていた。
「だから宮本さんは特別だったんだろうな。最初彼女は、尊を男扱いしてなかったみたいだ。男勝りな性格だったし、クネクネして媚びを売る事もない。お互い友達感覚で接していくうちに馬が合ったんだと思う。最初は女として意識してなかった分、宮本さんは尊の警戒バリアをたやすく突破し、気がついたら心の中に入り込んでいた」
「会った事ありますか?」
尋ねると、彼は意味深に微笑んで頷いた。
「あるよ」
涼さんはサラッと言ったあと、宮本さんの印象を語っていく。
「話していて気持ちのいい女性だった。カラッとしていて明快。仕事の時はパンツスーツ一択。私服もパンツスタイルが多かった。でも綺麗なロングヘアは大切にしていた。飾り気がなくて素直で、『裏表がなさそうだな』ってすぐ分かる魅力的な人だったと思うよ」
過去の人で彼女を語っているのは涼さんなのに、宮本さんが褒められているのを聞くと、胸になんとも言えない感情が広がる。
「ごく普通の家庭の生まれで、『大学に行かせてくれた家族の恩に報いるためにも、高給取りになるんだ』って言ってた。実際、初任給で家族にご馳走する家族想いの子だったよ。尊が俺を紹介しても、『凄い色男ですね』とは言ったけど、まったく色目を使ってこなかった。そういう意味では俺も気に入っていた」
涼さんは脚を組んで言う。
「よく飲んでよく食べて、よく笑った。俺らの前で遠慮なくげっぷするし、逆に『もう少し恥じらいを持てよ』って言いたくなるぐらいだったな。……でも尊と二人になったら〝女〟の面も見せていたみたいだ。二人だけに通じる空気があったし、一緒にいると二人が信頼し合っているのがよく分かった。……そういう人だから、急に消えたって聞いて驚いたよ。宮本さんは関わった人に何も言わず姿を消す子じゃない。……尊もそう思っていたから、『なぜ消えたか』をずっと気にしていた」
涼さんはウィスキーを一口飲み、溜め息をつく。
「継母の仕業なのはすぐ分かったけど、〝何を〟されたのかまでは知らない。宮本さん本人から話を聞けていないから、俺たちは想像するしかできないんだ。彼女はまっすぐな人だから、継母に楯突いて余程の事態に陥ったんじゃないかな」
「……尊さんは悲しみましたか?」
わかりきっている事だけれど、私はそう尋ねた。