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#残酷な描写あり
らい
148
37
#パンデミック
畝澄ヒナ
48
「──……え゛」
まさかの指名を受けたシダナは、鶏が絶命するような声を上げて固まった。
鉄壁の善人スマイルは、見事に崩壊している。
「……カレンさま」
「なあに?」
「えっと……で、ございますが……」
「んー?どーうしたのぉ?」
「……」
これをとばっちりと言わずに何と言おう。
かつてお茶を頭にぶっかけられた時とは真逆の表情を浮かべるカレンに対して、シダナは至極冷静にそんなことを思ったが、口を閉じることはしない。
「今一度、ご確認させていただきたいのですが……」
「うん」
「わたくしに、アレの首を切り落とせと?」
「うん!」
なんだかついさっき、似たような会話を聞いたなとシダナは思った。
その時は他人事だったので、右から左で聞き流していたけれど、いざ自分がこの立場になってみればわかる。反論できる余地がないということを。
シダナは、まるでどこかの馬鹿騎士と同じように自分の主に向かって、縋るような眼差しを送る。……返ってきたのは、全てを拒絶する書類を捌く音だけだった。
その音は、誰がヴァーリの介錯を引き受けるのか決定する音でもあった。
「あああああっ。わかりましたっ。わかりましたよっ」
このやりとりを無言で聞いていたヴァーリは、もう、頭で物事を考えることを放棄した。
退路は断たれた。そして自分が進むべき道は一つしかないと決めつける。その進む道が、もっとも自分が回避したいものだというのに。
勢いよく、ヴァーリは腰に差してある剣を抜く。シダナも机の横に立て掛けてあった剣を取り、嫌々ながらもヴァーリの横に立った。
ただ、ヴァーリとシダナが手にしているのは、長剣だ。文字通り長い。それをどうやって逆向きにして腹に刺すのか……ヴァーリはしばし悩む。
その姿は、絵に描いたようなみっともない姿であった。
決意は硬いが、頭は緩い。そんなこんなで、ヴァーリは「え?あれ?あれれ?」と焦る声は上げるけれど、事は進まずオタオタとするばかり。
目も当てられないほどどんくさいヴァーリを、カレンは呆れた表情を浮かべて見ていた。けれど──
「じゃあ、後は頑張ってね」
そう言って、突然すくっと席を立ったのだ。
その動作は、なんの迷いもないもの。いや、はっきり言ってしまうなら、完全に興味を失っている。
さすがにこれまで徹底して空気と化していたアルビスも、ここで書類をさばく手を止めて、カレンに視線を向ける。
けれどカレンは、まったく気付いていない素振りで、リュリュに目線を送ると、廊下へと続く扉へと向かい始めた。
「ちょ、ちょっと待ったっ」
剣を握ったままのヴァーリは、中途半端な姿勢でカレンを引き留めた。
すぐさま執務室に緊張が走る。こくりと唾を飲み込んだ音が聞こえたが、それが誰だったのかはわからない。
ただ呼び止めたところで、ロクなことにはならないことはわかる。
カレンとて、アルビスの私室に長居などしたくはないだろう。だからきっと無視する。そうに違いないと思った。
けれど予想に反して、カレンはきょとんとした顔を浮かべて振り返った。
「なに?」
そのカレンの口調は、慣れ親しんだつっけんどんもの。
機嫌は元通りになったとも言える。が、これは気軽に話しかけて良い空気ではない。良く見れば眉間に小さく皺も寄っている。
言外に話しかけるなと訴えられていることには気づいているが、ヴァーリはありったけの勇気をかき集めて口を開いた。
「あ、あの……」
「は?なによ」
「……えっと」
「だからなに?早く言ってよ」
「わ、わたくしの切腹は……見ないんですかぁ?」
そう尋ねたヴァーリの目には、涙が浮かんでいた。
けれど問われた側のカレンは、ちょっと困った顔に変えながら、こんな言葉をヴァーリに返した。
「あー……いいや。私、そういうグロいの苦手なんで」
「……」
「……」
「……」
コバエを払う仕草をしながら、そんなことを言ったカレンに、ヴァーリを始め、シダナもアルビスも閉口してしまった。
声にこそ出せないが、皆こう思っていたに違いない。「言い出したのはお前だろ?!」と。
とはいえ極寒の地より凍えていた執務室の温度は元に戻った。
けれどヴァーリは、雪山で遭難するよりもっともっと激しい疲労感を覚えている。顔は青ざめ、頬は心なしかこけている。目元には、短時間で良い感じのくまもできてしまった。表情も、世界中の人間に見捨てられたように途方に暮れたもの。
そんな短時間で疲労困憊になってしまった騎士に向かって、カレンは小馬鹿にしたように鼻で笑うだけ。
ヴァーリの額に青筋が浮ぶ。わなわなと唇を震わし、何か言葉を紡ごうとした。けれどそれを遮るように、リュリュはカレンの為に廊下に繋がる扉を開けた。
「カレン様、お部屋に行ったら、お茶をお入れします。春しか飲めない花茶などいかがでしょうか?」
数分前まで義理の兄の首を本気で跳ねようとしていた侍女は、そんなことなど無かったかのように、聖皇后に向かってふわりと微笑んだ。
「うん。飲みたいです。お願いします」
カレンも、年上の青年に向かって腹を掻っ捌けと言ったことなど忘れたかのように、侍女に向かって、礼儀正しくぺこりと頭を下げる。
そして”んーっ”と小さく声を上げ軽く伸びをしながら、廊下へと向かった。
──……パタン。
吸い込まれるようにカレンが廊下へと消えた途端、扉が閉まる音が執務室に響いた。
「……えっと……俺は、これからどうしたら良いんだ?」
剣を鞘に戻すことも、自身の腹に収納することもできないヴァーリは、ポツリと呟く。
これもまた、小さな泡がパチンと弾けるように、執務室の壁に吸い込まれていった。
コメント
1件
ああ、もうこのシリーズ本当に面白いです……!カレン様の「私、そういうグロいの苦手なんで」に思わず声出して笑っちゃいました。言い出したのあなたですからね!?切腹しようと必死になるヴァーリとシダナの困惑っぷり、そして何事もなかったかのように花茶を提案するリュリュとの温度差がたまらなかったです。最後の「俺はどうしたら良いんだ」で全てを物語ってる感じがして、読み終えたあとの余韻が最高でした。次回も楽しみにしています!