TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する


「目覚め」


友人と話していて、思ったことがあった。


「ひな」


あの存在はどうして、生まれたのだろうって。


「ひな」が中野ちゃんと一緒でも、一緒じゃなくても。


母を殺したいなら、自分の手で殺せば良い。それなのに、殺せない。私を通じてでしか、ひなは目的を果たせない。


なら、ひなはきっと、あの世界にずっと閉じ込められているのだ。抜け出せないまま、助けを求めている。


どうして彼女は生まれて、どうして同じ夢を繰り返し見続けているのだろうって。


……この夢に入ったその直前まで、ずっと考えていた。



『……邪魔しないで』


「ひな」が現れたとたん、周囲の様子が変化した。どろどろとした暗闇。身体が濡れたような感覚に本能がゾッとする。ここはよくない場所だって、一瞬でわかった。


『私を放っておいて』


ひなは無表情で、そう呟いた。初めて会った時と同じ既視感。


あぁここは、あの時俺が別れてしまった場所か。なら、俺はここに|移《・》|さ《・》|れ《・》|た《・》のか。ひなが現れたわけではなく。


じゃあ、中野ちゃんは? 中野ちゃんはどうしたんだ。そう疑問を感じて、暗闇の中を見回す。


「……え、ここ、どこですか。植村くん? どこ……」


近くで、中野ちゃんの混乱している声がした。近くにいるのか?


横を見ると、居た。しっかりと。

認識の問題なのか、居ると気付いた時初めて目に見えた。


ボヤけた輪郭がハッキリとして、冬の制服を纏う中野ちゃんが分かった。

髪を左右に三つ編みでまとめている。膝丈より長めの校則に従った格好は、垢抜けてはいないが、彼女の見目によく似合っていた。中野ちゃんが動くのに合わせて、ロングスカートの裾が少し揺れる。


そして彼女の手にはなぜか、人形があった。エプロンを着た女人形、スーツを着た男人形、揃えの。悪夢にずっと出てきていたものだった。


はっきり言って、その人形は気色悪かった。夢で見た時はこんな感じではなかったはずだが、つぎはぎの手足に目のボタンが取れかけていて。


そういえばいつも繰り返していた夢でも、彼女は人形をもっていたし、化け物もこの人形を追いかけていた。この人形にはなにかあるんだろうか。


「中野ちゃん、その人形なに?」


「…………にんぎょう、ですか? え、きゃっ!!」


中野ちゃんは、自分が人形を持っていると自覚していなかったのか、俺が指さした人形に目を向けて驚き、その手を離した。きっと、あまりにも酷いガラクタ具合だったからだろう。


……ぽと、てんてんてん。


ガラクタの人形は転がっていく。重力を受けて落ちた途端、少しだけ跳ねた。これは本当にただの人形のようだ、と俺は思った。


それを見た「ひな」が目を剥いて――表情が全く動いていなかった彼女の目が怒りに震えていたーー、そのままギュッと人形を拾い上げると。


『消えて』


「うわぁ!」


何故か俺は、「ひな」に身体を振り払われた。信じられない力で、俺はゴロゴロと空間の中に転がっていく。痛みはなく、ただただその衝撃を受けて、中野ちゃんのそばから離れていく。


体を起こそうとすると、すごく重い。けだるいと言えばいいのか、精力を吸われているとでもいえばいいのか。とにかく重くてやばかった。

そんな重さを感じながら、体を起こし、ひなたちの方へと顔を向ける。


ひなが中野ちゃんの目の前に立っていた。手を中野ちゃんの前にかざしているようだ。

中野ちゃんはひなに魅入られたように、動かず微動だにしない。


二人の会話が暗闇の中で響いた。


『私。戻りましょう。まだ、あなたは大丈夫』


「……もど、る?」


『初めからやり直して、あの化け物を殺しましょう』


彼女たちに近づいていく。後ろから見ると彼女たちは、身長も同じくらいで、体格も姿かたちも似ていた。


中野ちゃんが急に頭を抱えた。頭を、体をブンブン左右に振り、様子がおかしい。


俺は叫んだ。


「中野ちゃん! 聞いちゃだめだ。正気に戻ってくれ」


『…………』


ひながまた近くに現れて、俺を振り払う。俺は力を込めて堪えた。


中野ちゃんに聞こえるように、ひなは話し続ける。


『…………お母さんがいなくならなくちゃ、私は解放されることがない。この世界から逃げることができない』


――私たちは繰り返す。全てを。悲劇を。少し間違えると。あぁ、わたし。戻らなくては。


ひなは中野ちゃんに囁く。その甘い言葉で、彼女の心を犯していく。


二人のわたしが見つめ合う。中野ちゃんの形が膨れ上がっていっている気がして、心底ゾッとした。中野ちゃんがおかしくなってしまう。

助けなければならない。その一心で重い体を引き上げ、二人の元へまた近づく。


「わたし……」


『……わたし。そう。私、ここから戻りたいでしょう? わたしたち死んでいるのだもの』


「しんでるの? わたし、死んでるんだ」


聞こえた言葉にショックを受けた。中野ちゃんは自分が死んでいると思ってるんだ。ひなもそう考えている。


ーー死んでない! 死んでないんだ!!


俺はその気持ちのまま、また大きく叫んだ。


「中野ちゃん、思い出してくれ! 中野ちゃんは死んでなんかない!! それに、もし中野ちゃんがこのまま起き上がらないと、お母さんが殺人犯になるんだぞ」



ーーその瞬間、不思議なほどに時が凍った。


「…………」


ひながぴきぴきとこちらを振り向いた。俺はその空気を不思議に思いながら、つづける。


「中野ちゃんのお父さんは死んでない。誰も今回の事件ではまだ誰も死んでないんだ」


そうだ。だから、中野ちゃんのことだけがニュースで前面に出ていた。死の淵に立っているのは彼女だけだから。


中野ちゃんが口を開こうとした時、ひなが言った。


『嘘』


身体をワナワナ震わせて叫ぶように、訴える。思わず口から出てきた、それ。


『……嘘。嘘だよ。みんな死んじゃった。|私《・》|も《・》|お《・》|母《・》|さ《・》|ん《・》|も《・》|お《・》|父《・》|さ《・》|ん《・》|も《・》|み《・》|ん《・》|な《・》|死《・》|ん《・》|だ《・》んだよ。何言ってるの』


『「え」』


俺とひなの声が重なった。自分の言葉に驚いているみたいだ。


『…………』


ひなはそのままギコッ、と顔を斜めに急に傾けた。

そしてどんどんどんどん、首を後ろの方向に回していく。はじめはゆっくりと、回り続ける首。止まらない。


360度、一回転して首が戻ってきた。首元が捻れて、まるで絞られた雑巾みたいになっている。……どんな、化け物だ。


『……み、んな、シンダ?』


自分が今さっき言った言葉をゆっくりと反復した。

ひなの言葉が、響きが、脳を蹂躙するように聴こえてくる。

気持ち悪いのに、俺は目を塞ぐことも、耳も覆うこともできず。そもそも身体が芯から震えて、動かなくなっている。濃密な暗闇が、寒い……。


「……………」


俺は完全に腰を抜かし、彼女のその様をただ見つめていた。変化していくひなに、完全に圧倒されていた。


『…え、お母さんが死んだ? しんだ? し、んだ? 死? しぬ? え、えええええエエエエエエエ。しんだ、だれもしんでない。でもしんでる。しぬ。しんだのはだれ。ころしたのは、だれ」


ひなが狂いだした。頭を抱えて転げまわる。あのがらんどうの目が溶けて、まるで骸骨みたいにぽっかりと穴が開いた。

ぼさぼさの頭からどんどん毛が抜けていって、どんどんどんどん肌が黄ばんでいき、ミイラみたいに肉がこけて薄くなっていく。まるで電気でも浴びているみたいに、身体が小刻みに震えて。


そんな中でも、「ひな」は小さく呟いていた。


『ころしたのは』




『 わたし 』




『『『『アハハハハ、あはははははっ、あははははははは。ahahahhahahaaaaaaaaaaa!!!!』』』』



突然周囲から、たくさんの笑い声。……ひなは消えた。

いつの間にか、たくさんの女の子がいた。同い年くらいの女子から、すごく小さな子まで。


そこで誰かの声がした。耳の横でつぶやかれる。


『……私』


『母を殺しても戻れない。変わらないの。お母さんはもうとっくに私が殺してるから。

「私」は私を否定してずっと、記憶も全部捨て去って。でも、「私」は私を救える私をずっと求めてた。何が正しいのかわからないまま。救いを求めている。私はわたし。私は「私」。悪夢の住人。だから、この悪夢からは出られない。出口のない迷路。あぁ、みんな死んじゃった』


重い体で緩慢に振り向くと、話していたのは中野ちゃんだった。呆然と下を見つめている。それはまるで何かにとりつかれたみたいに。


意味の分からない言葉が続いている。私が私になる? 母親は私が殺した?


『私はどうしたらいいの。助けて。お母さん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、オカアサン』


中野ちゃんの声に、少女たちの声が混ざって震える。ついには、中野ちゃんが気を失った。

ガクンと身体を落とし、俺は慌てて彼女を支える。


ーードクドク、ドクドク。


心臓が早いペースで鳴り響く。ドクドクドクドク。


ーー嫌な予感しかしない。


友人は「ひな」をどうにかすれば、物語は終わるって言ってたけど。

「ひな」どころの騒ぎじゃないだろ、これは。どうしろっていうんだよ。



ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ。



闇の中で、少女たちの影がざわめく。


『……わたし』


わぁ、たぁ、しぃ、と反響して音が何重にもなったように聞こえた。


『お母さん、おかあさん、おかあさん。みんな、どこ』


誰もいない世界で、母を探す子供。


『…誰もいない、いないない、ないない』


黒く蕩けて、濃厚な闇に囚われる。それはきっと、孤独という。


『……ひとりはいやだ、つれていこう』


ーーシン。


急に全てが静まり返った。赤い光が灯る。


「わたし」たちは。同じ生き物になったようにぐるん、と顔をこちらに向けた。俺と中野ちゃんに狙いを定める。


……っ!


「やめろ! やめろ!!」


俺は咄嗟に中野ちゃんの体に覆い被さり、彼女を庇う。


一斉に手が伸びてきた。


多くの手、手、手。大きさも形も違う手。けれど、どれも死者の、手。干からびて、生気のない青白い手。


赤褐色に視界が彩られ、俺は「わたし」に引き摺り込まれる。


ーーこのままじゃ、囚われてしまう。この、悪夢に。


そして、俺と中野ちゃんは完全に飲み込まれた。




私。


わたしは私。


私たちの虚像、悪夢に閉じ込められた幻想の。


いくつもの少女たちの魂と「俺」が密接する。



閉じ込められた世界。そこには「私」がいた。自分が死んだと自覚して、いつの間にか私はそこにいた。


「ひな」ーー始まりの私。父と母、家族を失った子供。自分の手で母を殺めた子。


「私」の中に残っていたのは、ここから逃げ出さなければならないこと。そして、私には何か目的があったということ。


ほとんどが白紙の世界。


「私」の世界から、スクリーンのように私の姿が見える。


見つめる私、動く私、訪れる私。私、わたし、ワタシ。同じような悲劇の人生を送ったわたしたち。「私」の願いをかなえる私。


「私」はその世界に入っていくことはできない。隣り合っているのに。見つめ合っているのに。「私」は私にすべてを託すことしかできない。メッセージを送り、私の手助けをする。


――しかし、失敗を繰り返す。「私」は私を救えない。わたしは私を救えない。私は「私」を救えない。


私が消えるとき。「私」の中に足りないものが増えていく。何が足りないのかわからないまま。

それを埋めるために、空想の憎しみを「私」は意思として作り上げる。


「母」。「家族」。その言葉たちだけが私の中に降り積もって、夢が変化していく。わたしの全てが積もり積もって、より業の濃い悪夢に。そもそもが誰の悪夢だったのかわからないまま。私だけの悪夢ではなく、わたし全体の悪夢に変わっていった。


そこから抜け出すために、執着の全てを切り捨てることを「私」は選ぶ。


『切り捨てて。母も家族も何もかも切り捨てて』


『ーー立ち向かわなくては、切り捨てなくては、戻ることは出来ない。繋がれた鎖はずっと、そのまま。だから。』


希望の一言が、悪夢を形成する。わたしによって作られた世界は、私の望む困難を与えはすれど、それが切り捨てられたとき希望を与えるとは限らない。


――終わらない永遠の悪夢。




俺は息苦しい闇の中に飲み込まれながら、もがき続け、その夢を見続けていた。大量の情報が一気に詰め込まれている気がする。キャパを超えるような、頭が狂いそうだ。


その中で、明かりに照らされる人形が頭の中に見えた。人形のような私と、エプロンを来た母、スーツを身にまとった父。


いつも悪夢の最後にはこの光が見えた。何度も何度も何度も何度も。


これは彼女たちの想いのかけら、執着の塊だと分かった。どれだけガラクタになってしまおうと捨てられない、「陽だまりの中」の幸せな幻想。それが人工のものだったとしても彼女たちにとっては、陽の光だったのだ。


つまり、この夢は彼女たちの悪夢であり、止むことのない希望を示すための道。……決して救いが与えられることなどないのに。


ーーふざけんじゃねーよ!!!


酷い頭痛に苛まれながら、俺そう思った。堪忍袋の緒が切れた、とも言う。


「ひな」――「私」だけの問題じゃない。この悪夢を作っただろう全てに、切れた。


苦しさ、恐怖、悲しみ、怒り。彼女たちの全てが流れ込んできたからだろうか。それとも長い間、まともに寝れていなかったからだろうか。


俺は、そもそも気が長い方じゃないんだ。我慢も嫌いだ。だから、ブチギレた。


ただ許せない。怒りが集中した。


「ふっざけんな!! こんなもん」


中野ちゃんから預かっていた|万能ナイフ《夢への鍵》。机の中に入れっぱで忘れそうだったから、ズボンのポケットに入れてたのが役に立った。


工作が得意な母からの贈り物だと、中野ちゃんに聞いていた。文化祭から借りっぱなしで返すのを忘れていたそれを、頭の中に見える人形に向かって刺した。友人に言わせれば、体力バカだと言う俺の力で。


――壊すことが叶ったのは、俺がわたしに関係しない人間だったからだろうか。


俺というイレギュラーに対応することはできぬまま、夢と夢の境界線は崩れ。そして、そのとたん、俺とわたしのつながりが切れた。



闇の中から、淡い人工の光が漏れる。


『……おかあさん、うっうっ、うぇえぇん』


そこではわたしが子供の姿になって、人形を抱えて泣いている。それは、人形の名残なんて一つもないぼろ雑巾のような物体。


「gyagyagygaygaygyagyaaaaahianaiahiahiahinahianiahiananaihianhina臠蠊薟☆*+雛」


どこからか化け物が大声をあげて現れた。

わたし――ひなはそれをぼーっと見上げている。


そして呟いた。割れた壁、越えられない境界を今「私」という繋がり以外で越えて。



『……おかあさん、やっと、会え、たね』


手を伸ばして、満面の笑みで。ひなと母が触れた瞬間。


ーーカチッ。


スイッチが押されたような音がした。


『……ひ、な』


怪物の顔が微かに母親のものに戻った気がしたが、幻か何かだったのか一瞬で消え。そこに残ったのは、紛うことなき化け物。

黒い靄が開かれ、巨大な口が現れる。鋭く、血のこびりついた歯。筋肉の筋みたいなものが、歯茎に巻きついて見えた。それは彼女以前に食われた、誰かのものなのだろうか。


そしてバクリと彼女は、化け物にその身体を食われた。足から、バリゴリ、ガリ、バリバリガリ、ゴリ。


聞くものをおかしくするような、咀嚼音。母に吸収される「私」。わたし。


肉が食まれ、骨が削げ、ぐちゃぐちゃと化物の口でこねられ、ネバネバと丸まる。赤黒い粘着質なそれを、化け物は飲み込んでいく。

口から滴り落ちる血、暗い地面に溜まり。鉄のような、錆びついた匂いが充満した。


俺は言葉もなく、その姿を見つめ続ける。胃の中から酸っぱいものがこみ上げて、吐きそうになる。


ーーなんで、なんで、そんなことになるんだよ。



『……私を助けてあげて』


一言。


化け物の口の中で、体が半分になってしまったひなが、それでも満足そうに、そうつぶやいた気がした。

力のない腕をそろそろと上げて、俺の後ろに手を指す。

ボヤけた丸い光の玉が、その手から生まれて、ゆっくりと流れていく。


「……………」


それを目で追うと、俺の後ろに倒れていた中野ちゃんに灯った。


『陽奈、どうか私を忘れないで…………』


そう言って彼女の頬から一筋の涙が溢れ、人形がその手から落ちた。でも、その顔は無表情ではなく笑顔だった。


ーーぽてん。てん、てん、てん。


薄暗闇の世界で、人形の残骸が転がった。そこから、黒い黒い靄が溢れ出て、流れていく。


そして世界は一面、真っ白に染まった。





「……えむらー」


「植村ー、起きてるかー?」


先生の声だ。


「う・え・む・ら。……っ! お前、どうした。何で泣いてる」


俺は目を覚まし、それから悪夢を見ることは無くなり、その翌日、中野ちゃんが目を覚ましたという知らせがあった。

この作品はいかがでしたか?

22

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚