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「所で、いつ来てくれるの」
「行きません。私は処分してと言いました」
「いつ捨てればいいのか分かんないし」
「掃除を率先してたし、わかるはずでしょ?」
何時になく素っ気ない態度を崩さないでいると、旺くんはくる、と向きを変えて私に詰め寄った。
狭い箱の中で簡単に追い詰められると、彼は壁に手を付き私を閉じ込める。
こないだからなに、今更壁ドン、流行ってるの!?
「いい加減、ちょっとは話し聞けよ」
「……終わったことを聞いてどうするの」
怯まずに心を結んでいると、エレベーターが小さな電子音を聞かせるので一瞬で距離が離れた。
息を落ち着かせるまもなく出ようとすればその前にいた人物のせいで私の動きは止まった。先程眞鍋さんへ紹介した、先輩だったからだ。
「おーぅ、本間。穂波もおつかれ!」
「お疲れ様です、大里さん」
溌剌とした声を聞くと、昔の名残で揃って挨拶をする。
「ちょっといいか」
大里さんは、旺くんへ向かって手招きするので先に彼を促した。
「これさ、なんでここが……」
「……あー、ここは常葉の管轄だから、俺は……」
「まじか。オフィスに居なかったから聞いといて」
「え、俺がですか?急用あるんですけど」
「それ俺も。もう次の営業先回る時間なんだよ」
真横でそんな会話を繰り広げるので「あの」と、小さく右手を挙げる。
「差し支えなければ、私が聞いておきます」
「まじか、やっぱお前は気が利くな!じゃあ宜しく!」
年に似合わず、朗らかな笑顔を浮かべた先輩は、未だ駐在していたエレベーターに乗り込んだ。
「じゃあ、またミーティングの時に」
「はい」と、旺くんとも別れてポケットのスマホを手に取った。
常葉くんに所在を聞けば、資料室で調べ物をしていると返事が来たので早速その場へ向かうことにした。
言われた資料室はあまり立ち入ることの無い場所だ。
小さくノック音を響かせてそろりと顔を覗かせると、狭くはあるものの綺麗に整理された部屋だった。
常葉くんはこちらに背を向けて、一台だけある机に座っている。私に気付いているのか分からないけれど、パソコンを触っているのだろう、薄暗い部屋にぼんやりと青白い光が浮かんでいる。
……なんか忙しそうだし、後からでも良いかな。
一度開けたドアを音も立てずに閉めようとすれば「何してるんですか」と彼は小さく振り向くので慌てて身体を滑り込ませる。
「ごめんなさい。今、大丈夫ですか」
「大丈夫だから返信したんですよ」
……そっ……か。
すとん、と、腑に落ちたので、先程の説明を伝えると常葉くんは「ふーん」といつもの気だるげな相槌を聞かせた。
「……それ、誰からですか」
「営業の大里さんです。本当は、本間さんに聞いてましたけど、これは常葉くんの管轄だって」
「まじで使えねぇな」
「え?」
「いえ、後でメールします」
「あ、移してくださるならすぐに持っていきますよ」
USBを差し出すと、「それなら」と彼は受け取ってくれた。
少し離れた場所からその後ろ姿を眺めていると、小窓からそよ風が舞い込みカーテンがゆらりと翻る。
それに乗って、常葉くんの甘い香りが私の元へやって来た。
さっきまでいつも以上に顔の筋肉を使っていたからかな。
………………落ち着くなぁ。
顔の緊張を取って近寄ると、まだ3割程度しかパーセンテージが満たされていなかったので頬杖をつく姿をぼんやりと見下ろす。
長いまつ毛が、下を向いているみたいだ。
常葉くんとは、最近、帰宅が同じになることが多い。
無駄な残業が嫌いだと公言していたって言うのに、たまに帰りつくのは私の方が早い日だってある。
家でも、彼は食事以外はずっとパソコンを触っている。
「……疲れてませんか?」
そういえば。家でもここ数日、会話という会話をしていない事に気付いて尋ねれば、そのまつ毛がぴくり、と、動いた。
「あんたほどじゃないです」
「じゃあ、何か食べたいの、あります?」
「…………あまいやつ」
……疲れてるんじゃん。
口が緩みそうになるのを堪えるように、自分の手首を掴んだ。
「なるべく早く帰って、作っておきますね」
「勝手に買って帰りますよ。穂波さんも最近、遅くまで起きてるみたいだし」
まさか、私の事情も把握されていたとは思いもせずに心が冷や汗をかいた。
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#ワンナイトラブ