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「佐々木……」
顔を真っ赤にして目を潤ませながら怒ったような悲しそうな顔で抗議する結衣に、木田は戸惑う。
「確かに、私はルシエル様を推しています。たった一人の推しです。でも、類君を好きになったのはルシエル様だからじゃありません。類君がルシエル様本人だって知った時は、もちろんびっくりしました。でも、私は、類君が類君だから好きになったんです。勝手に私の気持ちを決めつけないでください!」
結衣の言葉に、木田は唖然として目を大きく見開くことしかできなかった。
「それに、木田さんに会えて嬉しいと言われて私もすごく嬉しかった。私にとって木田さんは尊敬できる憧れの先輩です。優しくて厳しくて、いつもちゃんと見ていてくれて、必要な時に必要なことをさりげなく差し出してくれる。そんな先輩に気に入っているって言われて、嫌がる後輩なんていません。……でも、私の尊敬する、憧れる先輩は、こんなことしません!エイルならルシエル様への当てつけにこういうことをするのかもしれないですけど、私の知っている木田さんは、きっとこんなことしないです。だから、木田さんのことは先輩として好きですけど、エイルのことは好きになれません。なので、推し変なんか絶対にしません。私の推しは唯一ルシエル様だけです」
結衣は今にも泣きだしそうな顔をしながら、それでも賢明にこらえて怒ったように言う。そんな結衣を見て、木田は身動きもとれずただ茫然とするだけだ。
「結衣さん!」
そんな時、スパーン!と個室のふすまが勢いよく開いて、類が突然現れた。
「は?結衣さん、泣いてる?……エイル、その手を離せ。てめぇ、消し炭にしてやる」
類がドスの効いた低い声でそう言うと、類の瞳が蒼く光り、片手に蒼い炎が現れる。
「類くん!ここでそれを出しちゃダメ!」
結衣が木田の手を振り払い慌てて類の元へ駆け寄ると、類の瞳から光が消え、手からも炎が消える。そして、類は結衣をギュッと抱きしめた。
「結衣さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫、だから落ち着いて?ね?」
類と結衣の様子を見てから木田は振り払われた自分の片手を見つめ、小さく苦笑する。
「ルシエル、さっさと佐々木を連れていけよ。お前の心配するようなことは何もない。ちょっと手にキスして指を舐めたくらいだから」
「はぁ?てめぇ、やっぱり消し炭にしてやる」
「類くん!帰ろう!早く!」
結衣が慌てるように類の背中をぐいぐいと部屋から押し出す。それからくるりと振り返り、木田を真剣な顔で見つめた。
「?」
「例え木田さんがエイルだとしても、それでも私にとって、木田さんは木田さんです。尊敬できる憧れの先輩ですから」
結衣はそう言ってぺこりとお辞儀をすると、類を引きずるようにして店から出て行った。
個室に一人残された木田は、ただぼんやりと宙を見つめていた。周囲の部屋からは楽し気な笑い声や乾杯の音頭、食器の音が鳴り響いている。
「佐伯は佐伯、俺は俺、か」
そう言って、木田はハハッと自嘲気味に笑い、片手で顔を覆って大きくため息をついた。
「何やってるんだろうな、俺は」
木田が結衣と初めて会ったのは、結衣が研修で本社に来た時だ。まだ新入社員で初々しさの残る結衣は、どんな時でも真面目でしっかりしていて、他の新入社員よりも根性があった。どんなに厳しくされても、叱られても、それを糧にして成長できる。そんな結衣を、少しばかり贔屓してしまう部分はあったかもしれない。
だからと言って、結衣に必要以上の気持ちを持ったことは一度もなかった。ただ可愛くて教えがいのある、今後が楽しみな後輩。本当にそれだけだった。
支店に応援に行くことになり、結衣に久しぶりに会えるとわかったときも、ただ懐かしい後輩に会えることが純粋に嬉しいと思うだけだった。
だが、支店に着いて挨拶をする時、類の姿を見た瞬間にルシエルだとわかって無性に嫌な気持ちになる。さらに、結衣の仕事上のパートナーとしてだけではなく、実際に付き合っていると類から牽制するかのように言われた瞬間、胸のなかにどうしようもないドス黒さが広がったのだ。
木田がエイルの転生者だと自覚したのは、結衣が支店に戻って一年後のことだった。実家に帰省した際、妹がはまっていると言う乙女ゲームのパッケージを見た瞬間、走馬灯のようにエイルの記憶が脳内に流れ込む。
始めは信じられなかったし信じようとしなかったが、現実かと思うほどのリアルな夢を何度も見ることになり、気になって『終末のホーリーナイト』を調べると、自分は本当にエイルの生まれ変わりなのだと思わざるを得なかった。エイルには左腕に特有の紋様が刻まれているが、木田にもその紋様が浮かび上がっていたからだ。
妹以外には『終末のホーリーナイト』を知っている人間がいないこと、髪型が違うことでエイルと似ているということは全くバレなかったし、別にエイルの記憶が呼び覚まされたことで木田としての生活が一変することもない。支店へ応援に行くまで、何も問題はなかったのだ。
(まさかルシエルの生まれ変わりに会って、あんな気持ちになるとはね)
『終末のホーリーナイト』で、エイルとルシエルは犬猿の仲だ。ゲームの中ではかなり誇張はされているが、前世で実際のエイルとルシエルも仲が良くなかった。同じ騎士同士だが性格は正反対、物事に対する向き合い方も全く違うため、任務に赴くたびに言い争いをしていた。
しかも、前世でエイルはルシエルに婚約者を奪われていた。正確に言えば、ルシエルが奪ったわけではなく、婚約者が勝手にルシエルに心変わりしたのだ。だが、ルシエルは相手にするはずもなく、エイルの婚約者は絶望して自ら命を落としてしまう。
そんなこともあり、エイルにとってルシエルはどうしても許せない相手だった。
(ルシエルは人嫌いで誰のことも愛さない。どんなに女性にすり寄られようが徹底的な塩対応だ。そんなルシエルが、俺の可愛がっていた後輩と付き合っていて、俺に牽制までしてきた。気にならないわけがない)
――なんなら、奪ってしまえ。
エイルはルシエル同様女性に人気だった。そして、木田に生まれ変わっても女性に人気があるのは変わらない。そんな自分なら、ルシエルから結衣を奪うことも簡単かもしれない。結衣が少なからず自分へ憧れの気持ちを抱いているのは目に見えてわかっていた。
結衣にとって木田は今は憧れの先輩というだけかもしれないが、エイルにとっても木田にとっても女性を口説き落とすことは簡単だ。
大事に思う相手を自分に奪われたら、ルシエルはどう思うだろうか。前世での自分の悔しく辛いみじめな気持ちを、同じようにとことん味わえばいい。そんな邪な気持ちがあったのは事実だった。
(そんな気持ちで佐々木を使おうとするなんて、先輩失格だな)
はあ、とまた木田は大きくため息をつく。そして、ふと結衣の手を掴みキスをして指を舐めた時の結衣の反応を思い出す。少し震える体、潤んだ瞳、少し怒ったような、そして悲しそうな顔。それを思い出すと、なぜか胸が痛んで苦しくなり、体の内側からどうしようもない不思議な感覚が芽生えてくる。木田は眉間に皺を寄せてまた大きくため息をついた。
(今更こんな気持ちになるなんて)
『例え木田さんがエイルだとしても、それでも私にとって、木田さんは木田さんです。尊敬できる憧れの先輩ですから』
去り際、結衣に言われた言葉を思い出す。木田は苦笑しながらテーブルの上のぬるくなったビールを一気に飲み干した。
#歳の差