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同日21:00 埼玉県東所沢駅近くの鉄橋下文化住宅 ー生瀬家ー
モルタル造りの粗末なアパートながら、小さな庭付きの生瀬家に笑い声が響いていた。
手狭な台所の換気扇から立ち昇る胡麻油の香りと、テレビから流れ出る音楽。
小学5年生のそよみは、流行りのアイドルグループのメロディーを口ずさみながら、庭に置かれた簡易チェアに座って、ちいさな身体をリズムに合わせて揺らしていた。
台所から母の声が聞こえても、そよみはお構いなしにダンスを続けた。
「そよみ!庭から出ちゃダメだからね」
「はあい」
「鬼さんのカーテンに食べられちゃうよ!」
「はあい」
ふと、そよみが見上げた夜空には、天空に舞う死のオーロラが虹色に輝いていた。
その遥か上空を通過する人工衛星の灯りが、流れ星の様に過ぎていくのを見て、
「きれい…」
と、呟くと同時に、弟の大輔も隣に来て死のオーロラを見上げた。
「すげえすげえ! 姉ちゃん写真撮って撮って」
そよみは、大輔の興奮を隠し切れない上ずった声が嫌いだった。
そもそもデリカシーがないのだ。
そのせいで、男の子はみんなそうだとそよみは思い込んだ。
だから、自分が女の子であることに、ある種の優越感があった。
「もお、やだ嫌い」
「なんでなんでなんで!?」
「もおうるさいしウザい」
大輔のほっぺがみるみるうちに紅潮していった。
プルプル震える口元からは、弱々しい息が漏れている。
母親の響子が、
「風邪ひくわよ、チャンプルー出来たからね」
と言った時、目の前の鉄橋を轟音と共に貨物列車が通り過ぎて行った。
しかし、それはいつも見ている光景とはかなり違っていた。
積載しているのはコンテナではなく、むき出しの戦車だったのだ。
大輔が目を輝かせながら飛び跳ねている。
その横で、そよみも内心興奮していた。
声を出すとそれがバレてしまいそうだから、そよみは何食わぬ顔で、響子の背後に隠れながら過ぎ行く戦車群を見届けていた。
死のオーロラと月と、戦車と人工衛星の下、久し振りに過ごす家族の時間が非現実な感覚で経過していく。
それでも良かった。
響子は、そよみの頭を撫でながら心に誓った。
毎日寂しい思いをさせている我が子達を、社会に出しても恥かしくない大人に育てあげるのだ。
そして不謹慎ながら、施設が東京だったらと、認知症の実父の顔を思い浮かべていた。
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