テラーノベル
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EF210機関室には、人ひとりが通れる程度の通路があって、それは運転席へと繋がっていた。中央部には四角い巨大な制御装置やコンプレッサー、そして換気扇が整然と並んでいて、ファンの回る音が規則的に響いている。
新小平駅へ進む車内で、加瀬と鷹野は補助電源装置板に背を預けて、採光窓からの閃光と月明かりをぼんやりと眺めながら会話をしていた、
「こうして景色が拝めるのは実に結構だね」
加瀬の言葉の意味が判らない鷹野は、曖昧に笑って見せた。
それを見透かしてか、加瀬が意味有りげに呟いた。
「もうじき判るよ」
互いを知る上での大切な作業は、法律論や軍事論ではなく、ごくありふれた日常生活での話題に終始する。
実際、趣味や生い立ちでしか瞬時に人を判断する材料はなく、息子とそう歳の変わらない鷹野を知るには、その作戦が合理的であると加瀬は考えていた。
ー人は変わっていくー
加瀬浩太郎は、多くを経験し過ぎてしまった。
だが、人間が嫌いなわけでは無かった。
それは普遍的なものだと常に思いながら、部下や上官とも接して来た半生に悔いはなく、これからもきっと変わらないだろう。
自分が、加瀬浩太郎である限り…
武蔵野線を走る機関車は、新小平駅から長いトンネルを幾つも通過して行った。
非常灯に照らさた加瀬の横顔を見て、鷹野は理解した。
先程の意味深な言葉の意味を。
「鷹野君、君は本は読まないのかな?』
「本ですか?」
「ああ、なんだっていいんだ」
「いや。あまり読まないです」
「そうか、私はね、意外に思われるかも知れないがJ・アーヴィングが大好きなんだよ」
「はい」
「ん?小説の類は苦手だったかな?」
「はい、漫画ばかりで…恥ずかしいですが」
加瀬は、ぎこちない鷹野の言い方に笑いを隠し切れなかった。
まるで、教師に怒られている生徒の様だと感じた。
「恥ずかしくなんかないさ。私だってガンダムやドラえもんから多くの事を学んだよ」
「ガンダムとドラえもん?」
「ああ、我々も、時代に合わせてアップデートしなくちゃならないね」
にっこり微笑む加瀬の顔の皺に、鷹野は懐の深さを感じた。