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玄関の下駄箱の上に母が用意しておいた折り畳み傘を、健太は鞄に入れ忘れていた。塾を出たときは小降りだった雨が、バスを待っているうちにザーザー降りに変わった。
家と反対方向のバスに乗ると、曇った窓ガラスに水滴が斜めに流れている。
会社帰りのサラリーマンに押し出されながらバスを降りると、停留所の脇に基樹伯父さんが傘をさして立っていた。
商店街の路地を入ると、赤い暖簾が見える。傘をたたんだ伯父さんが戸を開けると、水蒸気を含んだ暖気が健太の顔にまとわりついた。汗臭い大人が占拠しているカウンターを通り抜け、マスターにオウと言って進む伯父さんの背中に続く。二つあるテーブル席のうち、マスターとの距離が近い奥の方に座った。もう一方のテーブルは、すぐ後からやってきた子連れのおばさんが取る。
伯父さんの携帯はボーダレス・タイプではないので、話したことがそのままメールになるわけではない。文字化けを防ぐために表現をあれこれ変えながら、「健坊はこっちに寄っている」という内容を、わざわざ何度かに分けて話している。
それから伯父さんはマスターと景気という、子供にはよく分からない話をしていたが、途中で急に「早速、お前のお母さんから返事のメール来たぞ。『お世話になります。でも明日学校があるから早めに返してください』だってさ。構わない。ゆっくりしてけ」と健太に言う。続いて健太の携帯にも、母から「お父さんが怒るから、早めに帰ってきな」とメールがきた。健太は、なるべく、と返す。
餃子、野菜炒め、ライス、ラーメンがやってくるたび、テーブルが手狭くなる。伯父さんは残った余白に小皿を置き、醤油、酢、ラー油の順に注いだ。健太も一つ小皿を取って真似をする。
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