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***


毎日あれだけ欲していた瑞稀の血が、ラブホでの行為以降は、不思議と落ち着いてしまった。


浴室で気がおかしくなるくらいに吸血衝動に駆られたというのに、瑞稀とひとつになって溶け合ったあのとき。吸血衝動を押さえ込んだ俺は吸血鬼を超えて、ひとりの人間になった錯覚さえある。しかも今夜は――。


「満月の夜だというのに、血を欲していない……」


いつもなら満月が近くなるにつれ、徐々に吸血衝動が強くなっているのに、今回はまったくもってその兆候がなかった。


自身の変化を気にしつつ、本日普通に仕事をしたのだが、次の日の多忙な業務を考えたことにより、少しだけ残業して会社を出た。


歩き出した俺の目の前に「こんばんは、雅光さん」と声をかけた人物が、前を遮る形で視界に入る。


「あ、玲夜くん。久しぶりだな、元気そうだね」


従兄弟の桜小路玲夜、某研究所に勤める27歳のエリート研究員。俺と変わらない長身で、七三分けの黒髪の下にある銀縁眼鏡の縁が、月明かりで光り輝く。


桜小路家の本家筋は会社を経営し、その財力を分家筋が使用して、吸血鬼の研究を秘密裏におこなっていた。


自分たちが吸血鬼にならないようにするために、一族をあげて必死に研究を続けているのに、いかんせん俺まで情報がおりてこない。まぁ吸血鬼になったら最後、どうにもならないゆえに、なにも知らされないんだろうな。


「雅光さんこそ、お元気そうで良かったです」


黒シャツに黒のスラックス、そして漆黒のコートを羽織った玲夜くんは、夜の闇に紛れそうな格好をしていた。以前逢ったときは、若者が好みそうな色使いの装いをしていたような記憶があるのだが。


研究所に勤めている関係で、白衣をいつも身にまとっている彼にとっては、色が濃いものを身につけたいのかもしれない。


「玲夜くん、突然現れたということは、研究の関係で、俺になにか伝えたいことでもあるのだろうか?」


おおやけにできない吸血鬼関連のことを『研究』という言葉で濁した。というか俺が吸血鬼に変貌することを、彼は知らないハズなのに。


「桜小路本家の長男に生まれているのに、会社で課長職をしてる時点で、普通じゃないのは一族の誰だってわかりますけどね」


俺の顔色で心情を読んだのか、どこか呆れ顔でわかりやすい説明をしてくれた。


「そうか、そうだよな」


「それにお爺様が普通じゃなかったのだから、近しい血族が変貌する可能性が高いでしょう?」


玲夜くんのセリフに、妙な引っ掛かりを覚える。


「まさか、君も――」


今夜は吸血衝動が起きやすい満月。血を求めて彷徨うため、闇に紛れやすい格好をしているのではないだろうか。


「先月から、突然はじまりました。ですが僕は人を襲うなんて、野蛮なことはしません。研究所伝いに医大から、血液パックを提供してもらってます」


「そうか……」


「わざわざ親戚に頼んで、普通じゃない血を集める手間が省けました。喜んで人体実験してやりますよ」


平然とすごいことを言いのけた彼に向って、重たい口を開く。


「今夜は満月だが、吸血衝動は大丈夫なのか?」


「それは僕が聞かたかった言葉です。雅光さん、ケロッとしてますよね。ちなみに僕は、研究所で口にしてきたので平気です」


(瑞稀のおかげでなんとかなっていることを、玲夜くんに告げたら、間違いなく瑞稀に興味を示すだろうな。だって彼は研究員なのだから)


「満月のたびに衝動に突き動かされていたら、疲れてしまうからね。アラサーは体力がないおかげで、なんとかなってるみたいだ」


適当な言葉を並べたてた俺の目の前で、玲夜くんが眉をひそめた。もしや誤魔化し方が、不十分だっただろうか?


そう思った刹那、玲夜くんの姿が一瞬で変わる。彼の鮮やかな赤眼を認識したときには、既に目の前から消え去っていた。


まるで、夜の闇に溶け込むような格好の彼を探すのは苦労しそうだったが、振り返った俺の目が、吸血鬼に変貌した玲夜くんの姿を捉える。しかもひとりじゃなかった。


「瑞稀!?」


瑞稀の口元には玲夜くんの手が覆いかぶさり、声を出せない状態にされているだけじゃなく、首筋に鋭い犬歯が深く突き刺さっているではないか!


瑞稀の首筋に牙を突き刺した玲夜くんが、赤眼を大きく見開きながら低く唸る。


「血液パックの血とは比べものにならない。君を喰らい尽くしたい!」


迷うことなく持っていた鞄を投げ捨て、吸血鬼に変身して彼らのもとに一気に駆け寄った。吸血鬼の力が全身を駆け巡る中で、玲夜くんの眉間を狙った拳が空を切って、熱い風が吹き抜ける。


「っと……危ないですね、暴力反対!」


玲夜くんは音をたてずに瑞稀を放り出し、数歩後退りして俺との距離をとる。俺は瑞稀を抱きしめ、玲夜くんを睨みつけた。


「マサさん、いったいなにが……」


瑞稀の首筋には、玲夜くんが吸った跡がハッキリ残ったままだった。たぶん唾液を付けずに、吸血したからだろうと判断。俺は返答せずに、まずはキズの手当をしなければと、瑞稀の首筋に舌を這わせる。


「ぅんっ、マサさん熱い……」


胸の中にいる瑞稀は頬を染め、どこかつらそうに体を縮こませた。呼吸が乱れ、俺の胸に縋る手が震えている。


甘露な血の味のほかに、微かな熱を捉えたことで、玲夜くんの唾液が残した淫靡な余韻が、俺の怒りを燃えあがらせる。


(吸血鬼の唾液には催淫作用があるっていうのに、俺以外の吸血鬼のせいで、瑞稀が乱れるところなんて見たくはなかった)


「雅光さん、彼の血を分けてくれないかな。いろんな人間の血を口にしたけど、こんなに美味な血液ははじめてだよ」


「医大から血液パックをもらって、しのいでいると言っていたが、やはり生き血を啜っていたってわけだな」


瑞稀のキズが塞がっていくのを見、安心しつつも警戒を怠らなかった。吸血鬼になったら、常人の倍の速度で動くことができる。しかも玲夜くんは俺よりも若い。ゆえに彼の動きに、俺はついてはいけない可能性が高い。

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