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瑞稀につけられた首筋のキズが塞がるのを見届けながら、いつ襲撃されてもいいように息を整えた矢先に、冷たい緊張が背筋に走る。
赤眼が闇の中で光ったかと思うと、空気が裂けるような音が辺りで鳴り響く。気がつけば目の前に、玲夜くんの姿が迫っていた。
「雅光さん、彼の血なんなんですか。体中が熱すぎて、気がおかしくなりそうだ。一度味わっただけじゃ我慢できません!」
玲夜くんの声が熱狂に震え、満月の光を背負った体が、夜の闇に紛れて消えてなくなる。
「瑞稀、下がれ!」
叫びながら瑞稀を背に庇うが、突如闇から現れた玲夜くんの鋭い爪が俺の肩を掠めただけで、血が飛び散った。
「マサさんっ!」
瑞稀の叫びが響く中で、俺は吸血鬼の力を全開にして、玲夜くんに飛びかかる。だが若さが織りなす速さに視界が追いつかず、拳が空を切るばかりで、触れることもできない。
玲夜くんがいつの間にか俺の背後に回り込み、瑞稀の腕を掴んで俺から引き離す。
「君の血は本当に美味だね。もう血液パックの血なんて口にできやしない」
玲夜くんの牙が瑞稀の首に迫り、白髪の下にある赤眼が狂おしく燃える。
「やめてっ!」
羽交い締めされている瑞稀は苦しげに喘ぎ、上半身を揺らして抵抗を試みる。すかさず玲夜くんの両腕を掴んで、瑞稀を引き剥がそうとしたが、彼の力が俺を簡単に上回り、一瞬で掴まれた俺の手首を使って、すぐ傍にあるビルの壁に強く叩きつけた。
「くっ……」
その衝撃は全身に巡り、呼吸ができない。その場に蹲った体は、起き上がることすらかなわなかった。しかも吸血衝動が喉を焼き、全身を焦がそうとする。
土埃が舞う中、あざ笑う玲夜くんがふたたび瑞稀の首に牙を突き刺しかけた。
「雅光さん、攻撃は無意味だよ。この血がなければ、桜小路一族は終わるんですから」
玲夜くんの声が歓喜に震えると、なぜか瑞稀の甘い血の香りが満月の下で強烈に広がった。自然と俺の喉が鳴って、吸血衝動がひどく疼く。玲夜くんも瑞稀の影響を受けたのか、赤眼が眩いくらいに煌めいた。
「……んっ、熱い」
次の瞬間、瑞稀は小さく体を戦慄かせて息を乱す。
(もしかして玲夜くんの唾液の余韻で、瑞稀が乱れているのか……)
「玲夜くん、瑞稀を研究に使う気だろうか?」
怒りにまかせて痛む体をなんとか起こし、玲夜くんに向かって一気に突進する。玲夜くんが瑞稀を盾にし、首筋に牙を突き刺す動作をして、俺の動きを見事に止めた。
「研究に使うんじゃない、救うんです。僕もこの呪いから逃れたい!」
まるで心の底からの叫びに、俺の足が完全に止まった。玲夜くんに捕まってる瑞稀は瞳を潤ませながら、声を振り絞る。
「マサさん……俺の血で争わないで。吸血鬼になることで苦しんでいるなら、彼に使ってほしい」
その言葉に今度は玲夜くんの動きが止まり、俺は息を呑む。眼鏡のレンズ越しでも、満月の光が玲夜くんの赤眼を照らし、彼の瞳に微かな切なさが宿った。
「僕は君にひどいことをしたのに、そんなことが言えるなんて……」
玲夜くんが寂しげに呟いた後、瑞稀の首から牙が僅かに離れる。俺は隙を突いて玲夜くんの胸を突き飛ばし、瑞稀を腕に抱き戻した。
「玲夜くん、さっきのように瑞稀に危害をくわえるのなら、絶対に許さない」
警告の意味を込めて吐き捨てると、玲夜くんが地面に膝をついて頭を垂れる。
「間違いなくこの血のせいで、一族がそのうち壊滅します。きっと彼の血が、最後の一手になるでしょう」
俺は瑞稀を強く抱きしめながら、玲夜くんを見下ろした。
「研究員の玲夜くんがそう言うのなら、協力するしかないのかもしれないが、瑞稀の命を削ることになった場合、俺が研究を止める」
緊迫した空気が辺りに張り詰め、月光が俺たちの運命を切り裂くように輝いたのだった。