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季節はまた巡り、初冬。
エーファはその日、クラウスに報告書を提出しに彼の執務室へ向かっていた。
しかし廊下を歩いていたその時、エーファは衝撃の光景を目にした。
クラウスがうら若い女と話していたのだ。
年齢はエーファより少し上くらいの、銀髪碧眼の美しい女だ。
「ねえ殿下。この後お茶しませんか?殿下のことをもっと知りたいのです」
砂糖より甘ったるい声だ。
「シーモア嬢。お誘いは嬉しいが、そろそろ仕事に戻らねばならないので」
「そうですか……。残念ですわ。ではまたの機会に」
シーモア嬢は名残惜しそうに言い、去って行った。
エーファはズキズキと胸が痛んだ気がした。
……何でこんなに苦しいんだろう。
何で泣いてしまいそうなんだろう。
エーファがその場で思わず立ち止まっている と、クラウスがエーファに気づき、歩み寄ってきた。
「エーファ、報告書を持って来たのか。いつもご苦労」
クラウスは優しい笑みを浮かべてエーファに話しかけるが、エーファはぼんやりしてしまう。
反応のないエーファに、クラウスは首を傾げた。
「エーファ?」
エーファははっとし、慌てて美貌に笑みを貼りつける。
「あっ、申し訳ございません!これお願いします」
エーファはそう言って報告書をクラウスに差し出した。
クラウスは笑みを浮かべ、頷いてそれを受け取る。
しかし、やはり胸の内のわだかまりはなくならない。
エーファはこの時、何もわかっていなかったのだ。
また別の日。
エーファは中庭でクラウスと女が茶会をしているところを見かけた。
銀髪碧眼の美しい女。
シーモア嬢だ。
ふたりが並ぶとまるで絵画のように見えた。
彼は、ああいう女神のようなきれいな人が好きなのだろうか。
……ああ。まただ。
また胸が苦しい。
なんで、どうして。
今まではこんなことなかったのに。
エーファは呆然と立ち尽くす。
と、ちょうど茶会が終わったらしく、ふたりは解散した。
シーモア嬢はにこやかに一礼して去る。
クラウスも仕事に戻ろうと席を立った時、エーファの姿を見つけた。
クラウスは表情を和らげ、エーファに歩み寄る。
「エーファ、こんなところでどうしたんだ」
「……あの方はどなたですか?」
「ベルタ・シーモア侯爵令嬢だ」
エーファは言葉を紡ぐ。
「……あの方のことが大切ですか?」
違う。こんなことを聞きたかったのではないのに。
「まあ、婚約者候補ではあるが……」
婚約者候補。
その言葉に、エーファは頭を殴られたような衝撃を受けた。
クラウスもいい年なのだから、結婚の話が進むのは何ら不思議ではない。
なのに。なのに……。
エーファの視界がじわりとにじむ。
こめかみが痛くなって、肩が震えて。
エーファは俯いた。
クラウスはエーファの様子がおかしいことに気づく。
「エーファ、どうした?大丈夫か……?」
心からエーファのことを案じている、優しい声だ。
いつもならへらりと笑ってみせて、大丈夫です、ありがとうございます!と言えるのに。
ああ頭が痛い。
彼を困らせているのだから、早く涙を引っ込めて笑わないと。
なのに、顔は言うことを聞いてくれない。
「……では、殿下はあの方と結婚されるんですね」
エーファは震えた声で言った。
何でこんなことを言ってしまったのだろうとエーファは後悔した。
クラウスはますます心配になってエーファと目線を合わせる。
しかしエーファは俯いていて目は合わない。
「本当にどうしたんだ……?何かあったのか?」
駄目だ。涙が引っ込まない。
これ以上はますます彼を困らせてしまう。
このままではただの面倒くさい臣下だ。
「ごめんなさい、今言ったことは全部忘れてください」
エーファはそれだけ言って身を翻して走り去った。
クラウスは唖然としてひとり取り残される。
クラウスは一瞬、エーファの頬が濡れているのを見た。
どうしたのだろうかと思ったが、もしかして彼女が泣いていた原因は……。
……いや、それはあまりにも都合が良すぎる。
どんな理由にしろ、心配なことには変わりない。
クラウスはますますエーファを案じた。
その後も、エーファは仕事をしながら考えていた。
なぜ彼の隣に女性がいるともやもやして悲しくなるのか。
……もしかして私は、彼のことを……。
エーファはそう思うと、自分で驚いた。
そしておこがましくて消えたくなる。
そんな……。私は……、私は……。
臣下でしかないのに。
彼は王太子で、いくら手を伸ばしても遠く及ばないようなひとなのに。
そんな図々しいことが、あってはならないのに。
……駄目だ。もう考えては駄目だ。
悲しくなってしまう。
この想いは捨てて、仕事に集中しよう。
それからエーファは仕事に専念した。
クラウスは彼女と話したかったが、仕事で忙しくなり、エーファと会う機会はしばらくなくなってしまった。