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あたしはアースキン伯爵家の息女として生を受けた。
当然ながら衣食住などで困ったことはなかった。
けれど、両親は厳しく教育熱心で、幼いながら勉強漬けの日々だった。
勉強でできなかったところがあれば頬をぶたれたし、一つ言動を間違えれば、何時間と説教された。
そんな日々の中、ディートヘルムと出会った。
互いに八歳の頃だった。
親同士の仲が良かったのだ。
ディートヘルムはカールレット伯爵家の令息で、あたしと同じくひとりっ子だった。
琥珀色の髪に、海を思わせる緑がかった青い瞳。
一目見てきれいな少年だと思った。
彼は優しくて、毎日勉強に必死だったあたしよりもっとずっと賢くて、あたしが知らないことやわからないことがあれば何でも教えてくれた。
ある日、ディートヘルムがアースキン家に来た時、両親に折檻されているところを彼に見られてしまった。
嫌われると思った。
ディートヘルムがあたしから離れていってしまうと思った。
けれど、違った。
ディートヘルムはあたしに背を向けて、両親の前に立ちはだかった。
「何をされているのですか。こんなことをしても何も意味がありませんよ」
あたしはその時、初めて恋に落ちる音を聞いた。
どきん、って胸が高鳴った。
両親は友人の子供に怒鳴る度胸はさすがになかったらしく、押し黙った。
「行こう」
ディートヘルムはそう言ってあたしの手を引いて外に連れ出してくれた。
「ビアンカ。今まであんなことされてたの?」
ディートヘルムは怒ったようにあたしにそう言った。
「……」
黙るあたしに、ディートヘルムは立ち止まって、あたしと向かい合った。
海色の瞳が、まっすぐあたしを見据えた。
「今度されたら言ってほしい。俺が何とかする」
今思えば、八歳の子供に何ができるんだと思う。
でも、この時のあたしは、確かにディートヘルムに救われた。
あたしは確かに、ディートヘルムに恋をしたのだ。
それから両親はあたしに怒鳴ることも手を上げることもなくなった。
勉強に厳しいことは変わらなかったけども、平穏な毎日が訪れた。
そしてあっという間に二年が過ぎた。
いつも通りディートヘルムと遊んでいたある日。
ディートヘルムは言った。
「俺、フィッツクランス魔法学院を受けようと思うんだ」
あたしはその時、雷に打たれたような衝撃を受けた。
フィッツクランス魔法学院とは、ヴィルアーゼ王国最高峰の魔法教育機関だ。
国仕魔法使いも多く輩出していて、本物の天才しか受かることはできないとどこかで聞いた。
ディートヘルムがそんなところを受けるなんてすごいことだ。
しかし、問題はその場所。
フィッツクランス魔法学院は王都にあって、アースキン家やカールレット家は王都から遠く離れた田舎に屋敷を構えている。
つまり、ディートヘルムがフィッツクランス魔法学院を受けて通ってしまったら、離れ離れになってしまうということだ。
もし長期休暇中に帰省しても、確実に会う頻度は減る。
……嫌だ。嫌だ。
彼と会えなくなるなんて、絶対に嫌だ。
だが、ディートヘルムを応援したい。
行かないでと言うなんて、友達としても言語道断だ。
ならば、選択肢は一つしかなかった。
「あたしも受けるわ」
あたしがそう言うと、ディートヘルムは目を丸くして、笑った。
「そうなのか。お互い頑張ろうな」
ディートヘルムがそう言ってくれて、あたしは内心ほっとした。
ディートヘルムは優しいからありえないと思うが、君には無理だとか諦めろとか言われなくて良かった。
あたしは魔法は少し遊ぶ程度で本格的に学んだことはなかったけど、試験までの三ヶ月間、必死に勉強と練習を積み重ねた。
三ヶ月前から目指し始めて合格なんてありえないと両親に言われたこともあったが、あたしは気にせず打ち込んだ。
全ては、ディートヘルムと一緒にいるため。
そして、試験当日。
国語、数学、化学、生物、物理、歴史、異言語、魔法学の九教科の筆記試験と、攻撃魔法、防御魔法、治癒魔法の三つの実技試験を受けた。
手応えはあまりなかった。
もうこれは落ちたな、と絶望した。
が、数日後合否の通達が届き、たまたま合格した。
通達を開く時、どれだけ緊張感したことか。
どれだけ安堵したことか。
これからも彼と一緒にいられる……!
あの日があたしにとって最高潮の日だったと思う。
あれほど嬉しいことはなかった。
しかし、ディートヘルムは入学試験を首席で受かり、賢くて優しい彼は、入学後たちまち人気者になった。
話しかけようとしても彼の周りには常に人がいて話しかけづらかった。
彼と一緒にいるために努力してフィッツクランスに来たのに、話す機会はことごとくなかった。
けれど、あたしは彼の姿をいつも近くで見ることができるだけでも満足しようとした。
離れ離れになるよりはましだと、自分の欲を抑え込もうとした。
しかし、わがままなあたしは我慢できなかった。
ストレスから人と馴れ合おうとせず、突き放した。
あたしの性格は完全にひん曲がってしまったのだ。
孤独なあたしに矯正する機会をくれるひとはおらず、あたしは性格が悪いままフィッツクランスで過ごした。