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「ほら。同じ視線になった気しない?」
私の顔を見ない先生は、私にも後頭部しか映らない。
『同じ?』
「ここは俺とお前が18から22まで過ごした、共通点。」
先生の顔が、こっちを向いた。
「食堂のランチ超美味かっただろ?」
『うん!お味噌汁が大好きだった!』
「誰も通らない廊下に画集あるの見た?」
『うん。知ってます』
「お、見た?」
『見ましたよ。先生こそ見たんですか?』
「見た。昔の奴はえろいなーって」
2人して、クスクス笑う。
「ほら」
『はい?』
「通ってた時期は違くても同じ思い出がある」
先生は、一つ一つを指差す。
「あの校舎も」
「あの渡り廊下も」
「あの屋上も」
「オレの記憶にも〇〇の記憶にも刻まれてる」
先生の横顔が微笑む。
『私⋯』
「うん」
『この大学、選んで正解でした』
「そっか。そりゃ良かった」
こんな幸せな未来が待っていたのなら、動機はどんだけ不純でも、正解だった。
「腹減らない?」
『あ、たしかに』
「学生時代よく行ってた店があるはずだけどまだあんかなー」
学校を出て、街を歩く。
大好きな先生の、隣で。
「あ、あったあった!」
昔ながらなんだろうなぁって立て住まいの居酒屋さん。
先生が、この店を見ると微笑む。
暖簾を潜りながら先生は「こんばんはー」って挨拶をする。
「いらっしゃい。あれ?渡辺くん!?」
カウンター内にいたおじさんがびっくりした顔で、お客さんに接客をしてたおばさんも「あらやだ!渡辺くんじゃない!」って笑った。
「お久しぶりです」
ふふっ、って笑った先生が「オレ、毎晩ここで飯食ってたのよ」ってワンパク少年みたいな顔で言った。
・
店の奥の席に座ると、おばさんがお冷を出してくれた。
「渡辺くんはビールでいい?」
「あーオレ車なのよ。だから烏龍茶ね」
「渡辺くんが車!?大きくなってぇ⋯」
眉を下げて笑う先生を見ると、お母さんにもこうやって笑うのかな なんて想像しちゃう。
「〇〇も烏龍茶?1杯なら飲んでいいけど」
『ううん、烏龍茶で!』
先生がお酒好きなのはもちろん知ってる。
だから、私だけ飲むのは申し訳ない。
「そう?気いつかってんじゃないの?」
『気ぐらい使わせてください』
私の答えが「ホント斜め上だよなぁ」って先生な言う。
それから、お酒を居酒屋なのに飲まない私たちは、先生おすすめの肉じゃがを食べたり自分が食べたかった肉巻きも食べた。
で、お腹いっぱいになってそろそろ帰るか⋯って時に、ガヤガヤした数名の男の人が入ってきた。
その中の2、3人がこっちを見て「あれ?」って顔をする。そして、お仲間たちも全員こっちを見てきた。
『え⋯ 』
思わず私が声に出してしまったのに気づいた先生が「どーしたよ」っていうから目であの人たちを指した。
「⋯あ⋯」
彼らを見た先生は、口をパカッと開ける。
「渡辺だよな…?」
「うっわー。懐かし!」
「マジかよ!久しぶりー」
一斉にワイワイと騒ぎ出した彼らはだんだんと先生の方に近づいてきた。
「おお。すげぇ久しぶりだよな」
先生も立ち上がって、抱き締めたり、握手したり
「あ〇〇。こいつら大学の同級生」
『えっ⋯?あ、そうですか⋯』
同級生って先生は言ってるけど、なぜか彼らは先生より大の大人に見えちゃって。
やっぱり先生は少し幼いんだって、再確認。
「お前ら今でも飲んでんの?」
先生が、楽しそうに彼らと話す。
「いや、たまたまなのよ。」
「さっきまで違うとこで飲んでてさ!」
「まさか渡辺も居るとはねぇ」
「オレもたまたまなのよ」って先生は笑う。深澤先生と居る時とはまた違う雰囲気。
「それよりさぁ、」
「ん?」
「渡辺、その子は?」
みんなの視線が一気に私に向く。
「あぁ。彼女」
先生の答えが顔に出ちゃうんじゃないかってくらい嬉しかった。
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