俺達はお試し用の魔導具を購入する為に、王都の商店を訪ねていた。
「説明が書いてなかったらどんな道具かわからなかったね…」
聖奈さんが言うように、地球の電化製品とは形状がかなり異なる物もある。
例えば、目の前にある洗濯機だ。
なんで大型のシュレッダーみたいな形状なんだよ……
服がバラバラになりそうで怖くて使えないな……
ガソスタのフロアマットを洗うやつには少し似てるけど。
「それでどれにするんだ?」
「うーん。なんかわかんないね…店員さんに魔導具について聞いてみない?」
知らないことは人に聞け。賛成です!
店員さんに聞いてみた所、魔石に入っている魔力が切れるまでは使えるようだ。魔石の魔力が切れたら交換。充電不可の乾電池みたいなものだな。
俺たちが持っている杖などはあくまで補助用具なので、出力は他から調達する。杖なら使用者だ。
杖に出力としての魔石が付いているものは『魔銃』と呼ばれているが、コストに見合わないので、ほとんど使用されていないようだ。
銃って概念があるんだな……
俺が持っている魔導書の封印のように、大気中から魔力を得ている物があるか聞いたが、知らないそうだ。
「どう考えても、魔法の鞄は魔導書の封印と同じ原理だよな…」
「そうだよね…」
「残念ですね」
俺達はその場は諦めて宿に帰った。
「何をされているのですか?」
魔導書を眺めている俺にミランが聞いてきた。ミランは読めないから、俺が何をしているのかわからないよな。
「魔法の鞄の仕組みについて、何かヒントがないか探しているんだ。
もしかしたら、俺の魔力で向こうでも使えるように出来るかもしれないしな」
考察は好きだけど勉強は嫌いだ。
聖奈さんのほうがこういうことは得意なんだろうけど、何故か興味を示してくれない……
まぁ、俺が勝手にしてることだからいいけど。
「そうですか。私に手伝えればいいのですが」モグモグ
うん。全然申し訳なさそうじゃないね!
放っておいてくれ!
暫く一人であれこれ考えていたんだけど、どうやら俺にはわからないことがわかった!
いいんだ…俺には転移と魔法があるから……
「えっ?王都を出たいって?」
俺が魔導書と睨めっこしてる間に外に出ていた聖奈さんが、帰ってくるなり要求してきた。
「うん!もうお城にも行ったし、見るとこ無いよね?それで情報収集してきたの!」
「情報収集?」
「そう!色んなところに行ってたんだけど、面白い話を聞いたの!
『魔導王国』っていう、国に行ってみたいの!」
魔導王国。名前の通りなら魔法や魔導具に精通していそうなところだな。
「もちろん学園もあるよ!それ以外にも、個人で弟子をとっている魔法使いさんも沢山いるみたいだし、私達の旅の安全のためにも行って学んでみないかな?」
確かに魔法は有用だ。特に銃が効かない相手には。
しかし、それは……
「どうせ、学園モノの影響だろ?」
「バレちゃった」てへぺろ
「だけど、俺は勉強は嫌だぞ?大学を退学までしてこっちの学園に入学なんて、アホらしいからな」
俺はこの世界を楽しんで、毎日寝る前に酒を飲む、今の生活が理想だからな。
偶に楽しめないこともあるけど……
「もちろんだよ!私も学園モノの登場人物になる気はないよ?遠くの第三者として、淡い恋愛模様や青春を見守りたいの!
聖地巡礼みたいなモノだよ!」
「『も』ってなんだよ…途中の言葉には同意しかねるけど、聖地巡礼は興味あるな。
どんな校舎なんだろうな?」
行くのは賛成だ。何をするかによるだけで。
だが、油断するといつの間にか学園の制服を着させられていそうだ。気をつけないとな。
「私はこの国を出たことがないので、外の国のことはわかりません。
ですが、新しいモノには惹かれますね」
ミランは新天地を求めたか。
「じゃあみんな賛成ってことで良いかな?」
「私もいってみたいです」
「学園に入らないのであればな」
俺達は次の目的地を決めた。
王都では特に別れを告げる人もいないし、転移魔法ですぐに来れるから、明後日には王都を出ることに決まった。
聖奈さんの情報収集に抜かりはなく、魔導王国の場所も知っているようだ。
「じゃあ本格的にすることが無いな」
「セイくんは地球ですることがあるでしょ?」
いつものルーティンワークか……
聖奈さんに転移の能力があれば、俺は帰らなくてもいいのに……
無い物ねだりはやめよう。
ダメ!贅沢!
深夜に地球へ戻った俺達は、事前に頼んでおいた物を異世界へと送った。
「よし!じゃあ帰るか!」
会社からマンションへ帰ってきた俺は用も済んだことだしと、聖奈さんに声をかけた。
「ん?何を言ってるのかな?やっぱり忘れてたんだね…」
何の話だ?
「今日はここに泊まって、明日は新しいバイトさん達に顔を見せる予定だったでしょ?」
「ほんまや…」
あまりの自分の記憶のなさに驚いて、心の声が漏れてしまった。
いくら魔法の鞄に夢中だったからって、これはまずいな……
「なーんてね!実は私も忘れていたんだ!魔導王国のことで頭が一杯になっちゃったの」
良かった。俺だけじゃなかったんだな。
類は友を呼ぶ。
聖奈さんは心の友だったのか。
ジャイアンは間違いなく聖奈さんの方だけどな……
「私もミランちゃんに言われるまで忘れてたの。良かったね!ミランちゃんに話してて!」
さすリダ……
今はいなくても、流石心のリーダー!
「じゃあ寝るか」
「うん!おやすみ!」
時は遡り、会頭が捕まった頃。
「何故だ!?チートも何もなかったから頑張ったんじゃないか!
この世界には僕が必要なのが何故わからないんだよ!?」
処刑を待つ罪人が入れられる牢屋で、今日新たに入った新人が声を上げる。
「うるせえな。わけのわかんねぇ言葉を叫んでんじゃねぇよ!」
隣の牢に入っている男が苦情を言うと、新人は『ビクッ』と身体を硬直させた。
「ぼ、僕はただ・・・主人公になりたかっただけなのに…」
その言葉を最後に会頭は小さく震えるだけのモノになった。
断頭台の露と消えるまで。
時は戻り、翌日。
「私は東雲聖と言います。多忙により、あまり会えないかとは思いますが、こちらの長濱さんにしっかりと皆さんの活躍を聞きますので、頑張って下さい。
仕事内容は単純で退屈かと思いますが、働きやすい、楽しい職場作りを目指していますので、ご協力よろしくお願いしますね」
何とか喋れた。
校長の長い話って凄いんだな……
ああはなりたくないけど……
新しいバイトさんも自己紹介をしてくれた。
一人目は高橋 遥香さん。28歳で二児の母だ。
二人目は中山 詩織さん。30歳でこちらも二児の母だ。
採用理由や応募動機も以前の二人と同じだ。
流石謎の税理士さんと聖奈さんだ。抜かりない……
聖奈さんは時々ポンコツだけど。
俺はポンコツ聖奈さんの方が親しみやすくて好きだけどな。
そこまで計算なら童貞の俺もフェードアウトしたい……
「それでは、私達はこれで失礼しますね。これはお土産ですので、皆さんで休憩時間にでも食べてください」
そう告げて、聖奈さんはバッグから外国製のお菓子を取り出して渡した。
いつ用意してたんだよ…抜かりねぇな。
道中会社の状況報告を聞いた。
家具の売上だけで、ついに1ヶ月間に300万以上の売り上げ見込みが立ったようだ。
ダンさんが合流して、手を抜かずそれでいて仕事が早いので、他の3人の職人さんにいい刺激を与えているのも要因だ。
ブラック企業?はて?
王都の見習い予定の3人が合流すれば、仕入れ量も増えて、さらには四人の仕事量は普通の職人くらいにはなるそうだ。
ブラックから白に近いグレーへ。よしよし。
「遂に聖くんの給料を宝石代で支払わなくて良くなったね!」
済まないねぇ。不相応な給料で苦労を掛けて……
まあ、それでもまだまだ会社の資本の殆どは宝石の売却益なんだけどな。
もちろん家具以外にも商人組合から仕入れた商材も売れている。
だが、日が浅いため1ヶ月間の売上予測は立っていない。
仕事の話がひと段落したところで、気になっていたことを聞いた。
「なぁ。どこにむかっているんだ?」
会社を出た俺は、聖奈さんのナビ通りに車を走らせてはいたが、行き先は知らない。
「行き先はランチの美味しいカフェだよ」
カフェか…まぁ、昼だし飯が食えたら俺はどこでもいい。
聖奈さんはカフェ好きなのか?働きすぎだから息抜きになればいいが……
「ここだよ」
そう言われ、車を停めて店へと入った。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「いえ。待ち合わせなので3人です」
えっ?誰かいるのか?
俺はそんなサプライズは……
「おーい。こっちこっち」
須藤やんけ。ならいいわ。
手を振る須藤のいる席へと向かい、席に着いた俺達は注文を済ませて、会話へ入る。
「いやー。長濱さんから連絡もらってな!お前は連絡してこないし、心配してたから渡に船だったわ」
そういや、メッセージが来てたけど世間話はスルーして、何度か返信しなかったな……
「悪かった。忙しくてな」
その後、俺達は聖奈さんのお陰もあってか、久しぶりに会話に花を咲かせた。
もしかして、聖奈さんは俺のことを気遣ってくれて?
やっぱり天使だな。
ごめんね。最近ポンコツとか幼児キャラとかばっかり思っていて……
「じゃあな。長濱さんを泣かせるなよ!」
「何言ってんだよ…泣かされる方だわ!」
「はははっ!」
食後、駐車場で別れ際にそんな会話をして、須藤は手を振り去っていった。
聖奈さんありがとう。
楽しかった俺は心の中でそう感謝した。
口に出すと面倒臭いことばかりいうから……
「良かったね!」
済まないな。今度お礼……
「これなら須藤くんは自首しなさそうだね」
えっ・・・
「正義感の強さから少し危ないと思っていたけど、二人の友情には勝てなかったみたいだね!」
「そだね」
感謝していた自分を殴りたい。
聖奈さんは俺をバイトさんに会わせたかったわけじゃなかった。
王都出発までに後顧の憂いを断つ為だった。
バイトさんはついでだろうな。
いや、わかるんだけど・・
せめて教えて欲しかったな。
聖奈さんが心配してお願いするのなら、俺が断るはずないのにな。
また、イラつかされてるな。落ち着け俺。
悪いのは聖奈さんだけじゃないだろ?
俺が断るはずがないことを言葉にしてなかったんじゃないのか?
そもそも、この行動自体が俺のためでもある。
感謝しないといけないのは、頭ではわかっているんだ。でも……
俺達はその日の夜にミランの元へと帰り、明日の出発のために、すぐに眠りへと就いた。
王都最後の夜。二人はすでに寝入っている。
俺は自問自答を繰り返し、中々寝付くことが出来なかった。
残金
1,980,000円(給料が入って家賃などの支払いで減った。ミランのスイーツは大した額にはなっていない。ポーカーの勝ち分は有耶無耶になって没収された)
26,420,000ギル(家がかなり高かった。土地は領主の物なので上物だけ。地税として借地料が取られる。宝石などもかなり買ったが、砂糖などの売上高は1ヶ月6000万を超えるので、影響は大きくない)
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