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「中村は……あいつ大丈夫なのだろうか……?」


岩崎が、舞台の裾から心配そうに見ている。


「先生。中村さんなら、この状況を切り抜けられますよ」


戸田が真顔で言う。しかし、すぐに眉間にシワを寄せた。


「問題は……これからですか……」


呟くと、壁に貼ってある、出番表を凝視した。


そこへ、バタバタと数人の学生が駆け込んで来る。


「岩崎先生。だめです。表で待っていましたが、一ノ瀬君達はあらわれません!このまま、待っていても……」


順番で表に立っていた学生達も、見切ったようで、岩崎へ報告に戻って来たのだ。


「……あと、二人です。中村さんを入れても、三人で、一ノ瀬君の出番です」


どうしますかと、戸田も岩崎へこれからを委ねる。


玲子達不参加組がやって来ても困らない様、後半、つまり二幕目の発表人数は極端に少なくなっていた。


いつ現れるか分からない学生の為に、岩崎が空き枠を作っていたからだ。


彼らは、あらわれる事はなく、順調に演奏は進んでいる。


戸田の言う通り、このまま行けば、中村とその後二名の学生の演奏で、玲子の出番、つまり、最後の発表になるのだが、しかし、その最後の演奏者が来ていない。


「先生……これは、もう……」


戸田が言葉を濁した。他の学生も黙りこむ。


岩崎にも分かっていた。


玲子の事は諦めて、発表順に従い、そのまま発表会を終わらせる。


本来最後を飾る、玲子の演奏は無しということで収めるしかないと。


「あーー、はいはい!わかったよっ!おーーい!お咲!桃太郎だぞぉ!!」


中村が、観客の声に答えていた。


皆の勢いに押されたということもあるが、中村なりに雰囲気を壊さず、時を稼いでいる様にも見えた。


中村も、あと数名で発表会は終わってしまう事は知っている。


一幕目よりも、極端に短い二幕目に、観客から不満が起こるかもしれないと、薄々予想がついているのだろう。


あえて、皆の機嫌取りをかって出ているのか。


岩崎達、舞台裏に控えている者達は、中村にだけ負担をかけてはいけない。そして、残りの演奏者へ、観客の不満が向けられるのも避けたいと思っている。


中途半端な幕切れにするしかない状態を、どう、満足させるか。玲子達の事は諦め、そちらへ意識を向けるべきだと、岩崎もやっと踏ん切りがついたのか、困惑しながらこちらを、ポカンと眺めている二代目を見た。


「……と、言うことなのだ」


岩崎は、二代目へ、これから起こりえること、このままでは、確実に、発表会は尻すぼみの終わりになり、観客も満足しない。それが、学生達を失望させるかもしれないと打ち明けた。


「よし!まかせとけっ!と、言いたいところだけど、京さん、そりゃー、そちらの不手際でしょうが?!」


二代目の冷めた答えに岩崎は、言葉なく押し黙る。


確かにその通りなのだ。しかし、指導者として、この発表会を成功させ、学生に自信を持たせてやりたい。やりきったという、充足感に浸らせてやりたいと、願っていた。


それを、ぞんざいに扱われ……。


不穏な空気を読み取った戸田が、中に割って入る。


「……で、田口屋さん。こちらが許可してないのに、発表順番を良く手にいれましたねー。それを、よりにもよって、観客に、演目表とし売って商うとは。不味いことに、最後は、一ノ瀬君の発表と、彼女の名前を乗せているし……」


戸田は、懐から二代目が観客に売っていた演目表を取り出し、突きつけた。


と、何故か隠れるようにいた支配人が、これまた、忍び足で逃げ去ろうとしている。


「あっ!支配人!俺一人に押し付けるわけ!!」


目ざとく見つけた二代目が、逃げようとする支配人の首根っこを捕まえた。


「いやいや、そんなことは、打ち合わせで、確認していた順番を、田口屋さん!あんだが、演目表にすりゃーいい!売れること間違い無しって言うから!こっちも、こっそり控えて、徹夜で演目表作ったんでしょぉがあ?!」


支配人の告白に、二代目はあわてふためいている。


舞台では、


「お咲ーー!桃太郎だってよぉーー!!」


中村が、バイオリンの弓を振り回しながら、桟敷席のお咲へ声をかけていた。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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