コンコン、と音がした後に「おはようございます」、と昨日この小屋に案内したメイドの声が聞こえた。眠たい目を擦りながら、どうぞ、と声を返すとそのままドアが開いた。そういえばここ、鍵がないのか。
「朝食を持ってきました。良ければ一緒に食べません?」
そういえばこいつ、割とメイドの癖に友人のようになれなれしい。それが嫌というわけではなく、むしろこれまでの日常がまだ続いている気がして嬉しかった。たぶん、気遣いとしての接し方なのだろう。もし私の思う通りだとしたら、すごくありがたい。
「お願いするわ。寂しくないと言えば嘘になるもの」
彼女が持ってきた朝食はバスケットの中に入っており、一般的に平民に食べられているパンが2枚と、水筒。何かしらバターだとかパンに塗るものはない。成長期のレディーへの朝食には思えない。
一緒にベッドの上に座り、それじゃあ、と共に齧り付く。別に美味しくはないので、さっさと食べ切る。私より少しだけ遅く食べ終わったメイドは「では、本日の予定をお伝えします」と事前に覚えてきたらしい予定を暗唱しだす。
「日が昇って少ししたら私兵団の訓練への参加となってます」
「え? 何よそれ、私は兵士でも護衛でもなんでもないんだけど」
「え?」
そんなこと言われても、私は本当に兵士でも護衛でもない。まさかとは思うけれど、違うのか、と聞いてみる。するとこめかみあたりを抑えて、「えー…」だのなんだの言いつつ、わずかの時間の後に
「……どうやら、情報に齟齬があるみたいです。ちょっと、認識の擦り合わせをしておきましょうか……」
情報も何も、私はこの家に嫁入りしてきただけだ。多分第三夫人とかだろう。それ以外知らないし、知る必要があるように思えない。何も考えずに、言われたことだけこなしているだけじゃダメなのか。いや、貴族同士の関わり合いでそれじゃいけないのはわかってるけれど、少なくとも家の中ではそれでいいんじゃないのか。
「……私が聞いた話では、あなたは護衛兼愛妾なんですけど……」
「えっ」
まさかの嫁ですらなかった。だいぶ自分の身は危ういっぽい。
「…とりあえず、私兵団で訓練時間です。日が頂点に昇りきるまで、ずっと訓練です。そのあとはご飯を食べた後、自由時間となっています。ただし、屋敷の敷地外に出るのは禁止されてますし、本館に入るのも禁止されています」
自由時間という言葉に少し胸躍ったが、どうしろと。暇つぶしに遊びでもできればいいが、遊び相手になりそうなのは今のところこのメイドだけだ。というか今気が付いたけどこいつのこと「メイド」「メイド」と言っていたが名前聞いてなかった。「アンタ」とか「メイド」の呼び方は何となく気持ち悪い。
「そういえば、名前何て言うの?」
「えっ?…、サ、サペンタですけど……それがどうかしたんですか?」
「そう。サペンタって呼ばせてもらっても?」
「あ、はい…… というか話を突然変えられると困るんですけれど、いや、急いではないので別にいいんですが…」
どうやらちょっとだけ怒らせてしまったらしい。しょうがない、考えなしに動く私の口が悪いんだ。反省はしたく無いが、後悔だけは後でしっかりしておかなくては。
「あ、あとそうだ。夜の呼び出しもかかってます」
その報告はあまりいらない。
――
その後、訓練の時間少し前になるまで暇つぶしに小屋前の草むしりをした後、サペンタと一緒に私兵団の訓練に向かった。歩いて少し、でも3分もかからない。
私兵団の訓練場は私の小屋と同じように外に建てられている小屋だが、きれいさ、大きさは私の小屋なんかでは比較にならない。私の小屋が極めて酷いだけで、私兵団室はいたって普通の小屋なのだが。
中のメンバーはなんというか全員モブらしい感じがする。「兵士団長のマイトニアです」だの「ボーリです」だの「スイーボーだよ」だの一人一人自己紹介し始めた。
よろしくね、と返したけれどまったく覚えられる気がしない。
顔が全員モブ顔なのだ。どこにでもいる感じがする気がして誰も覚えられない。特徴を見出すことも難しい。むしろ「どこにでもいそう」が特徴だ。
サペンタが言うには私兵団は交代制で20人は居るらしい。内一人か二人かは女性で、私のように、夜に呼ばれるようなこともあるそうだ。しかし、20人。覚える気がなかったら絶対に覚えられない。覚える気も全くないので、絶対に覚えることはない。サペンタに「必要になったら教えますから、でも覚える努力はしてください」と言われたので必要に駆られてもサペンタに頼ればいいだろう。よかった。でも覚える努力はしない。
その後少しすれば出番の人は全員揃った。兵士団長が言うには今日の訓練は基礎体力強化らしい。
基礎体力強化として、屋敷外の森を何週かすればいいそうだ。少なくとも、2週はするように、と言われた。
屋敷外に出てもいいのはうれしいのだが、これは身体強化を使っていい案件なのだろうか。
身体強化を使っても周りと同程度体力がつくならば使うのだが、身体強化をこれまでまともに使ったことがほぼないのでわからない。
昨日だか一昨日だかに行ったコボルト退治で使ったのが、人生で2回目くらい。もしかしたら初めてかも分からない。
近くにいた私兵団員に聞いてみたところ意訳で「そんなの知らんし」と返ってきた。
そりゃあそう。本人が知らないのに他人が知っているわけがない。しょうがないので最初の2周だけは身体強化、そこからは自力で走ってみることにした。
森の前に早速移動して、走るぞ、と言われたが準備体操とかは無い。各々体を適当に伸ばしていた。
私もどこを伸ばせばいいのかわからないので適当にぐにょぐにょと動いた後に走り出す。
全力で身体強化を使って走ってみたところ、先頭を追い抜かして周りに驚かれるとかではなく、普通についていくのが精いっぱいだった。
冷静に考えてみてほしい。少女の身体能力をいくらか増やしたところで、普段から鍛えている大人を追い越すような速度を出せるだろうか?いや、出せない。現に、出せていない。
どうも私の身体強化は素早さへの補正はあまりかからないらしい。
原理とかを解明すればその理由もわかるのだろうが、なんとなく人体のすごく難しい話まで入っていきそうでめんどくさそうに思えたので多分一生やらない。少なくとも自主的には。
森を何週かすればもう私はクッタクタだった。基本的に一周遅れ、早い人に至っては私を二周遅れにしてきた。少し屈辱的だが、健康のための運動だと思えば別にどうということはない。
「身体強化してこれなのか、これなら身体強化を使って訓練しても大丈夫だろう。というか、しないとついてこれない」と兵士団長のあの人が言ってくれた。そう、あの人。あー、そう、兵士団長の名前ってなんだっけ、と思っているとちょっとだけあきれた様子でサペンタが寄ってきて「マイトニア」と言ってくれた。ありがとうサペンタ。これから頼りにさせておう。
――
さて、厳しい訓練が終わって昼食タイムだ。本日のお昼はサラダと朝にも出たパンが2枚。基本的に毎日同じメニューらしい上、物足りないが朝に比べれば幾分マシなので、ちょっとだけうれしくなった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!