ご飯を食べ終わって、夜の呼び出しまで自由時間だ。やることがない。しょうがないので草むしりをサペンタと一緒にしている。「え、嫌だ」と割とガチトーンでボソッと言っていたが雇い主側のこちらのほうが立場は上だ。無理やり一緒にしている。
目についた草を身体強化を使いつつ無心で毟っていると、とりあえず目につく雑草は消滅した。それでも自由時間は終わらない。体を使う遊びでもサペンタとしようと思ったが、身体強化は体が様々な意味で強くなるだけで疲労は特に軽減されないっぽいことはさっきのランニングとこの草むしりで理解した。要するに、言いたいこととしては私は疲れている。
というわけで。ベッドもどきの上に二人で座り、ミニミニお茶会をすることにした。ちなみに本日のお茶はさっき汲んできた井戸水でございます。
「…で、サペンタ。なんか言いたいこととかある?」
「……あまり。そもそもほぼ初対面みたいなものですよね、半日と少しの主従関係の仲ですし」
あまり、ってことは一応あるのか、と聞くと「…よくよく考えれば、何もないです。旦那様からだいたいは聞いてるので」と返された。このお茶会、このままだと企画倒れになる。しょうがない。私から行かせてもらう。
「じゃあ、こちらから質問させてもらうわね。身の上を話してよ。平民の暮らしぶりとか知りたいのよ」
これを言ったらサペンタが「上から目線ですけど、客観的な立場としては今のあなた様はただの貴族の愛人ですからね。ワンチャン同レベルまで持ち越せますよ」とすごい小さい声で呟いてきた。これでも本当に私のメイドなのか?
「えーっと、どこから話せばいいか…… では私の母の話からでいいですかね?」
「好きなように話して。あと、これ対等な立場でのお茶会だから。敬語使わなくていいわよ」
「敬語はある程度癖なので治せませんけど、わかりました。では…」
――
私の母、マーレムっていうんですけど、もの凄く可愛い貴族の一人娘だったんです。あ、もう死んだんですけど。ただ、貴族といっても、めっちゃちっちゃい貴族です。ギリギリ貴族。ぶっちゃけ平民と暮らしぶりは変わりません。
さて。そのもの凄く可愛い娘ですが、その後、可哀そうなことにこの家に嫁入りしてきます。ちなみに、あなた様と違い愛人ではなく普通に本妻になりました。
この家の旦那様が女好きだというのはご存じだと思いますが、私の母もその被害にあいまして、それはもう速攻で子供ができたらしいです。凄く可愛かったから気に入られたんでしょうね。
そしてその子供が私なわけです。
「え、じゃあサペンタってあの豚の子供なわけ?」
「そうですね」
「え、本当?半分も血がつながってるようにはなかなか見えないんだけれど。豚と違って見た目整ってるし、言葉遣いも丁寧だし」
それには理由があります。私の母は父…私の母形の祖父のほうが分かりやすいでしょうか。彼に金がないなりに英才教育を受けさせられてたらしくて、ただかわいいだけじゃなく、あなた様と違ってすごく頭がよかったんです。
すごく頭の良かった母は高度な教育をしてくれたんです。礼儀作法は叩き込まれましたし、この家の収支計算ができます。あとこの国の法律も歴史も大体暗唱できますし、さっき毟った草の名前もわかります。だいたいがセグリル、という名前の草です。ちなみに顔がいいのは普通に母の血のほうを濃く継いだせいっぽいです。
それはそれとして、私は母娘で仲睦まじく暮らしていたわけです。割と最近まで、ここの本館で暮らしてたんですよ。ちなみにあなた様が昨日運び込まれて旦那様に襲われてた部屋は今は空いている私の母の部屋です。トレーニングとかもあなた様と違って、自主的にやる以外にしたことはありませんでした。
「さっきからの”あなた様と違って”の表現本当に必要?」
その後の話です。私の母のすごい可愛さは子供を産んで育てても消えることはなく、むしろさらに年齢を積んだことによる美しさが出てきました。そうならば旦那様に毎日愛されて、子供がまたできるわけです。私は妹か弟ができることに喜んでいましたが、ものすごい難産でした。
私の妹として生きるはずだった女の子は死に、母もその後だんだんと衰弱して、亡くなりました。悲しかったですけれど、ここからが大変なことが大変だったんです。
旦那様が「貴族の位は長男に託すつもりだが、半端に頭のいいお前に次代争いとかに参加されると困る。よって、お前を死んだ者とし、その後どこかから出てきた孤児として雇うことにする」、と言われたんです。ちなみに意訳です。もっと低俗で下品な言葉で言われました。
あれよあれよという間に、私の死亡届が偽造されまして、私の孤児としての身分が偽造されました。母が死んで一週間もたたずのことです。ただ、今になって思い出すと産後のケアがすごい杜撰だった気がします。実は旦那様が母を殺すつもりで子を産ませたのじゃないかな、と思ってます。
そして孤児としてこの家にやってきたことになった私はメイドの仕事を任されまして、掃除とか、給仕だとか、あと貴族としての仕事の雑用をちょっとこなしてました。最初のほうは家事全般は下手くそで旦那様によく怒られました。地頭がよかったのですぐに上手くなりましたが。で、ちょっと経って使用人との信頼関係も築けてきたころ、あなた様が来ることが決まったわけです。旦那様に呼び出され、「同年代だから仲良くできるだろ」と監視役兼世話係としてあなた様に就くことになりました。監視と言われても特になにかしろ、とか報告書をかけ、とかは言われてないんで何もしませんけど。
「…以上が、身の上話です」
――
軽い気持ちで聞いたりしてもいい話ではなかったな、と思うけど割と面白い内容に思えた。なんというか、あんまり実家の本には書かれてない感じで、奇異とかそんな感じの意味も含めて面白かった。
「何か質問あります?」
特に思いつかなかったので「23羽の鳥が飛んでいます。1羽当たり13個卵を産んだ場合、何匹生まれるでしょう?」と本当に教養があるのか試してみたところ、
「299羽です」と速攻で答えてきた。答えあってるか知らないけど、純粋にすごいと思った。
「え、じゃあもう普通に領地経営とかできるの?」
「普通にできますよ。少なくとも、今の旦那様よりはまともにこなせます。具体的には――」
専門的な言葉が大量にサペンタからあふれ出す。一応貴族として教育を受けてきたのでわからなくはないだろうが、理解するのがめんどくさい。とりあえずなんか税率を弄ったりしたら平民とサペンタとでWIN-WINになる、ということは分かった。
「もう普通にあなたが領地経営しなさいよ。あの豚ぶっ殺すクーデター起こしましょう。私もあいつ嫌いだから、協力するわよ」
「別にしたくないし、遺言書には跡継ぎは私じゃなくて長子って書かれてるんでメリットはないです。むしろ貴族殺しで処刑されます」
しょんぼり。
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