部屋に戻ったアリエッタ達は、ピアーニャ達と交代。
クォンはムームーと一緒に再度向かったシャワールームで、何やらチャンスを掴もうと思っていたが、同行していたピアーニャの視線によって断念せざるを得なかった。
ちなみに、覗き疑惑のあった生体反応は、歓迎会で酔っ払った人達だった。廊下で転がって休んでいたので動かなかったのである。
それを確かめたクォンが、怒りに任せてエーテルガンを乱射。しかしその事は、歓迎会の後始末ごと綺麗さっぱり揉み消されていた。
どこかの会議室らしき場所。
代表者らしき人物が立ち、声高らかに演説している。その前に座る、多数の人々に向かって。
「さぁ、みんな見なさい。この姿を!」
『うおおおお!』
大きなサイズでプリントしたその人物画が掲げられた瞬間、どよめきが巻き起こる。
サイロバクラムの技術であるプリントは白黒のみで荒いものだが、人物の特徴はしっかりと把握できている。
「彼女は15歳! すばらしき年頃! 完璧! 絶対に保護し、我々の仲間……いえ、象徴となってもらうべきでしょう」
「その通りだ」
「でゅふっ」
「ありがてぇ!」
大きな人物画を前に、全員で大いに盛り上がっている。
その中の1人が、手を挙げた。
「でもよ、今どこにいるか、分かってんのか?」
「ええ、抜かりは無いわ。なんでもソルジャーギアのJKらしいから」
「なるほどな」
代表の女が横を見ると、視線の先にいた男が頷く。どうやら彼からの情報のようだ。
「明日、彼女を迎えに行きましょう。暇な方は隠れてついてくるように」
部屋にいる大多数が拳を挙げた。そんな総力をもって迎えるべきターゲットが描かれた紙を、女は再度確認する。
その紙に描かれているのは、クォンだった。
みんなで意気込んでいる中、一部の者がニヤリと笑みを浮かべていた。
どこかの少し広いホールにて、日中ミューゼ達と出会っていたツインテールの少女が、声高らかに叫んでいた。
「という訳で、もう一度彼女と接触しようと思っています!」
こちらも、大きくプリントした人物画を貼り、演説のような事になっている。
「この方の名はムームー。見ての通り、異界からの来訪者です!」
「異界にこんな美女が……」
「たしかファナリアとか言ったな」
「ちょっとファナリア行ってくる」
「待て待て待て待て。そんな急いで行こうとするんじゃない」
「しかし!」
「落ち着け!」
ムームーの人物画を見て慌てだした一同に、中年男性からの喝が入った。壇上に立っていたツインテールの少女が安堵する。
こちらの男性こそが、この集団の代表。騒ぎが始まり、見かねて前に出たのだ。
ツインテールの少女が行っていたのは、逸材を見つけたという報告である。静かになったので、これで話の続きが出来ると思ったのだ。
「お前ら、もっと大事な事を忘れてはおらんか?」
「もっと大事な事?」
全員が首を傾げている。
「ファナリアは魔法の世界……リージョンという話だ」
その言葉に、全員がハッとした。
「つまり、本物の魔法少女ではないのか?」
『うおおおおおおお!!』
盛り上がってきた。サイロバクラムにはノベルという娯楽が定着しているので、ファンタジーものの話は一般的に広まっている。ファナリアと同じで絵の発達はイマイチだが、写真のように人物画を作れるので、それなりに絵的なイメージは出来るのだ。
「つつつつツインテールの魔法少女っ」
「しかも本物!!」
「やべぇ、ヤベェよ!」
彼らの中では、ムームーは本物の魔法少女という認識になった。実際はファナリア出身ではないので、魔法は使えないのだが。
まだ他のリージョンに詳しくない一同のテンションは上がる一方である。
「さて、いつにしましょうか?」
「……明日だ」
『ぃよっしゃああああああ!!』
ほんの短い会話で何をするのか理解した一同。およそ半数がテンションを更に上げ、叫ぶ。
残りの半数はというと、真面目な顔で考え込んでいた。
「…………ほう?」
その姿を、代表の男は面白そうに見つめていた。
「むー?」
「ん? アリエッタのやつ、どうしたのだ?」
ピアーニャ達がシャワーから戻ってくると、アリエッタが唸っていた。
「ああ、今絵を描いているんですよ。ほら、暗いですけど窓の外を見て」
「コロニーの絵でも描くつもりなのかな?」
「へぇ、楽しみー」
(夜だけど明るくていいなぁ。あの光の筋のお陰かな)
夜のサイロバクラムの景色は、エーテルラインの淡い光がよく見える。昼は目立たなかったが、暗くなると壁や柱などにもエーテルが通り、どこかに動力として供給されているのだ。
(あの色なら、蛍光色でなんとかなるか。うーん、綺麗だなー。みゅーぜと一緒に……)
そこまで考えて、アリエッタの顔が少し赤くなった。こんなにものんびりと、そして一緒に過ごしているミューゼの事を想い、幸せな気分に浸っている。
(ミューゼに隣にいてもらおうかなー。でも描きかけは恥ずかしいなぁ……でもなぁ)
今アリエッタの脳裏に描かれているのは、ミューゼの膝の上で絵を描く自分。
(いや隣だって言ってんじゃん!)
セルフノリツッコミで我に返った。
(でも、抱っこも悪くない……かも)
最後に取ってつけたように「かも」を入れたのは、元大人としてのささやかな抵抗である。実は体の方が抱っこされたがって、ひたすらウズウズしていたりする。
(いやいや、集中集中。早く仕上げて抱っこ…じゃなかった。一緒に寝なきゃ)
抱っこは駄目で添い寝はいいのか、というセルフツッコミは無かった。
ここからは集中力を上げ、なんだか物凄い勢いで筆を進めていった。
「……なんかアリエッタから、尋常じゃない気迫を感じる」
「ナニかんがえてるんだ、アイツは」
「できたっ!」
「はやっ!」
この後、アリエッタが描いたトランザ・クトゥンの夜景をめぐって、ミューゼとピアーニャとネフテリアとクォンの間で交渉という名の激しい駆け引きが巻き起こったが、少し眠そうなアリエッタによって後日に持ち越される事となった。
というのも、ピアーニャとミューゼが動けなくなったからである。
「なんでわちまで、イッショにねかされるんだ……」
「アリエッタのお誘いですよ。光栄に思ってください」
お誘いという名の連れ込み行為だった。アリエッタが大切な妹分を1人で寝かせるわけがない。ピアーニャの手を取って、ミューゼが寝るベッドへと潜り込んだのだった。
「それじゃ、明日も色々行くから、もう休みましょうか」
「おやすみなのよ」
「はーい」
ネフテリアとパフィはそれぞれベッドに入り、ムームーとクォンは別室へと向かった。
深夜、アリエッタ達の休む部屋で、影が1つ蠢いていた。
「………………」
その影は、ゆっくりと部屋の中を進み、そして、ベッドの1つにたどり着いた。そして布団へと手を伸ばす。
さらにもう1つ、別の影が動きだした。その影もゆっくりと静かに進み、ベッドの1つをのぞき込む。
ニタリとした笑みを浮かべ、そのまま手をのばした。
翌朝、ミューゼが目を覚ました。
「ん……は?」
目を開け、違和感を感じた。
そしてすぐに、自分の置かれた状況を理解する。
「せまっ。ちょっとちょっとパフィ。なんでここに?」
最初に見たのは別のベッドで寝たはずのパフィ。ピアーニャを胸で潰しながら、アリエッタを抱きしめている。深夜に潜り込んできていたのだ。
「うーんうーん……だれか、だして……ヒキダシせまい……」
柔らかい物に潰されているピアーニャは、どうやら引き出しに閉じ込められた夢を見ているようだ。
その隣にいるアリエッタは、ピアーニャの手を握りながらミューゼの手に包まれて安らかに眠っている。実は精神世界の中でエルツァーレマイアと一緒にのんびり過ごしているので、おかしな夢を見る事はほとんど無かったりする。
「で、後ろで何やってるんですか、テリア様」
「あら、バレちゃった? おはようマイハニー」
「変な所触りながら変な事言わないでくださーい」
潜り込んでいたのは、パフィだけではなかった。欲望に任せてベッドの残り少ないスペースに入り、ミューゼの身を抱きしめて寝ていたのだ。当然、いかがわしい行為はしっかりやっているが、ミューゼには黙っている。
「うふふ、いい朝ね」
「キモイです。降りてください」
「ひどっ」
悪口への苦情は受け付けず、足を使って王女をベッドから蹴り落した。
ちょうどそこへ、クォンがやってきた。
「お姫様、どうしたんですか……」
「あらおはよう。よく眠れたかしら?」
蹴り落された事はスルー…というより全く気にせず、立ち上がってエレガントに挨拶。クォンがちょっと引いている。
「朝食も用意してくれているらしいので、準備したら行きましょう」
「わかったわ」
「アリエッタ、起きてー」
「ふあぁ……」
こうして、サイロバクラムでの2日目の朝が始まる。
朝食中、何人かが物陰から監視していた事に、ピアーニャとネフテリアとムームーだけが気づいていた。
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