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「ちなみに、なんですけど。川口さん気付いてます? 笹尾さんめちゃくちゃこっち見てますよ、ずっと。なんか知ってんじゃないです?」
(さ、笹尾さん?)
真衣香よりひとつ年下の、小柄で可愛らしい営業事務の女性だ。
主に川口の担当をしていると聞いたことがある。
「はあ? 笹尾ぉ?」
さすがの川口も、怒りよりも、驚きが強い、そんな声を出した。
「あはは、まわり見えてないですねー。俺ちょっと話してきていいですかね? 笹尾さん」
「ちょ、ちょっと待って坪井くん。どうしていきなり……」
坪井の腕を掴み、引き止める真衣香。坪井はそんな真衣香の耳元まで屈んでこっそりと言った。
「大丈夫、適当に言ってないよ。みんな、さっきから遠巻きに見てるだろ? その中でも何か言いたそうに行ったり来たりしてるの、あの子だけだから」
坪井は、一体いつの間に笹尾の動きを見ていたのだろう。頭ごなしに否定するにしては、落ち着いて安心させられてしまう声だった。
真衣香は「わかった」と、小さく頷いて、同意してしまう。
しかし、坪井が近付くよりも前に、自分に視線が集まってることに気が付いたのだろうか。笹尾が後ずさった。
それを見ていた川口が「笹尾、ちょっとこっち来い」と、明らかに怒気を含んだ声で名前を呼ぶ。
意を決したようにこちらへ歩み寄った彼女は――笹尾は、涙を浮かべた瞳で坪井や川口を見上げた。
「わ、私のデスクの下に、置いてます。小さな荷物だったんで。立花さんのハンコを勝手に押したのも、わざとです……」
か細く、震える声は必死に涙を堪えているように聞こえる。真衣香はそんな時の心情を嫌というほどに知っているし、さっきだって味わったばかりだ。
「お前……マジで言ってんのか、何考えてんだよ喧嘩売ってんのか!?」
「そ、そうですよ!喧嘩売ってるんです!川口さんが困ればいいと思ったんですよ!」
真衣香に掴みかかってきた時と同じ勢いで川口が笹尾に向かった。けれど彼女は怯むどころか、俯いていた顔を上げてハッキリと叫んだのだ。
「立花さんも、困ればいいと思ったんです……!川口さんに罵られたらいいと思った」
更に真衣香にも悲痛な声を向けた後、その場にしゃがみ込んでしまった。
「はあ? おい、マジでふざけんなよ、泣きたいのはこっちだっての!お前何しに会社来てんだよ? 邪魔したいだけなら来るなよ、帰れ!」
川口がしゃがみ込む笹尾を無理矢理引っ張り、立ち上がらせようとしている。
その様子を眺める坪井が、ダルそうに大きく息を吐く。
そして「あー、ダメだな、こりゃ」と呟やいて、一歩踏み出したが。
それよりも早く、笹尾のもとに走り寄ったのは、真衣香だった。
「は、離してください……!」
自らもしゃがみ込み、手を払い除け、川口から庇うように抱き寄せる。
しかし彼への恐怖心のためか、小さく聞き取りにくい声しか出せない。
「はあ? あんたも何? 声ちっさすぎて聞こえないけど」
見下ろされ、凄まれて。一瞬言葉に詰まるが。唇を噛み締めた後、息を吸い込み、次はハッキリと言い切った。