「せ、先輩???」「黒羽先輩?」「大丈夫ですか?」「息してない!」「え!?心臓は!?」「救急車!!!」
なんだか騒がしい。視界には紺色の空と白い星が煌めいていた。状況を理解できない。サイレンが鳴っていて、
体が動かない。人々の悲鳴が遠ざかって行った。
黒羽の意識は朦朧としていた。体が冷たくなり、意識が薄れていく中、彼は一瞬だけ兄の顔を思い浮かべた。優しく微笑んでくれた兄の姿が、まるで手を伸ばせば触れられるように感じられた。
「ひさめ…兄さん…」黒羽の唇が微かに動いたが、声は出なかった。
その時、黒羽の周りに集まっていた仲間たちの顔が彼の視界に入った。こさめ、LAN、いるま、暇72、みこと、すち。みんなが心配そうに黒羽を見つめていた。こさめの目には涙が溢れていて、彼の手を握りしめていた。
「黒羽先輩、しっかりしてください!」こさめが叫んだ。
黒羽の意識が完全に薄れる前に、彼は仲間たちの声を最後に耳にした。それはまるで遠くから聞こえるようで、現実感がなくなっていく。
「黒羽先輩…お願い、目を開けて…」
「救急車が来た!急いで搬送しないと!」
黒羽はもう何も感じなくなった。彼の体が担架に乗せられ、救急車へと運ばれていく中、彼の心の中には兄との思い出が蘇っていた。幼い頃、兄と一緒に過ごした楽しい時間、ギターを弾いて歌った思い出。全てが一つ一つ鮮明に浮かんできた。
「兄さん、また会えるよね…」
黒羽の意識が完全に途絶えるその瞬間、彼は兄の微笑む顔を最後に見たような気がした。彼の心には、兄との約束が強く刻まれていた。それは彼の魂の中で永遠に輝き続けるだろう。
サイレンの音が遠ざかり、夜空の星が静かに輝き続けていた。
「…二年半、だったんですね。」
「でも、早くなったと…。」
「理由は…?」
「癌細胞がストレスによって悪化し、早まったのかと。」
「今夜…長くても明日の朝、ですかね。」
「そんな……」
耳の奥で誰かが話している。目を開ける。真っ白な天井が黒羽と空を断絶していた。
「あれ……?うち………」
掠れた声が出る。こさめたちが目を覚ました黒羽を見て泣いた。暇72はベッドに顔を押し付けているし、いるまは暇72のシャツを掴んでいた。こさめは半泣きで黒羽の手を握っていて、すちとみことに関してはティッシュ箱を抱えていた。LANだけが真っ青な顔で医者と話していた。
「せ、先輩!!」
「…そっか。ウチ、倒れたんか……」
「死なないでくださいよ……、」
みことが涙を流しながら言った。
「……はは、あっけない人生やったなぁ」
暇72が赤子のように泣きながらいるまの手を握った。LANが黒羽のギターを持って近づいてくる。黒羽はベッドから起き上がった。医者がベッドを起こし、楽な体制にする。LANからギターを受け取り、少し弾いてみる。医者が軽くお辞儀をし、病室を後にした。
「あ、うちが死んでも泣いたらあかんで?」
「……泣いちゃいますって……」
こさめが半分笑いながら泣く。
「泣くのは、ウチが成仏してから!」
死に際だというのに、なんでこんなに大きな声が出せるのだろう。暇72が顔を上げる。涙をいっぱいに溜めた顔は、なんだか可愛らしかった。
「ウチな、君らに弾いて欲しい曲あんねん。みんなと、歌いたかってんけどなぁ……」
「なんて曲ですか…?」
LANが震えた声で尋ねる。
「曲名と楽譜は、部室にあるノートに、書いてある。」
そう言って歌を歌い出す。アコースティックギターが音を出し始める。黒羽は自身のスマホの録音ボタンを押し、歌い出した。その曲は青春と葛藤を描いたような明るい曲で、三分半ほど。歌っている間、誰も泣き声を出さなかった。歌い終わると、黒羽はにっこりと満足そうに笑った。
「いやだ!!!!!!!」
急に叫んだのは、LANだった。黒羽は目を見開いて笑った。LANの猫っ毛を優しく撫でる。
「先輩、勝手に死ぬことにしないでください!!」
LANは泣きじゃくりながら叫んだ。黒羽は笑うと、優しく言った。
「そうやなぁ。ウチだって死にたないし…それに」
黒羽はそこで言葉を止め、また語り出した。
「ウチ、まだ死ぬとは言ってへんで?」
その言葉に六人は目を見開いた。それから、少し笑った。時刻は午前四時だった。すちが窓を開けると、清々しい風が部屋の中に吹き込んできた。街に差す光が、虹色に輝いていて美しかった。水色に輝いた空を辿ると、黄色い太陽が地平線から顔をのぞかせている。ビルがぼやけて、まるで夢の中のように幻想的だった。靄がかかった都会の風景は、まるでこの瞬間のために彩られたかのように輝いていた。黒羽の死を迎えるその光景は、絵画のように豪華で美しかった。
朝陽がゆっくりと昇り、黒羽の顔を温かく照らす。その光は彼の瞳に映り込み、まるで生きる希望を再び灯すかのようだった。仲間たちの目にもその光が映り込み、涙で濡れた瞳が虹色に輝いた。
「…あんたらみたいに、綺麗やなぁ。」
黒羽の声が静かに響いた。その言葉に、誰もが黙って頷いた。共に過ごした時間がどれほど貴重で、どれほど意味のあるものだったのかを、全員が心の中で確かめていた。
窓の外の風景は、黒羽の人生を象徴するかのように、美しさと儚さが共存していた。その中で、黒羽の存在は一層輝きを増していた。彼の仲間たちと共に過ごした思い出は、永遠に彼らの心の中で生き続けるだろう。
それから二年後。こさめたちが高校三年生の早春。桜の花が咲き始める卒業式。軽音部はその後部員を獲得し、公認された。黒羽はあの後静かに眠りについた。あの後医者がやってきて、首をゆっくりと横に振った。
「…さみしいな」
卒業式のステージ上で、こさめたちはマイクをセッティングする。声が出ること、楽器の音が出ることを確認し、大きく息を吸った。
「それでは、六茫高校三年生がお贈りします。」
LANの静かな声が響く。そして__
「聴いてください。“シクフォニ”で、ready!!!!!!!」
歌っている間、涙が止まらなかった。
でも曲は進んでいって、
ついに終わりを告げる。
結局あの先輩は帰ってこないだろう。
泣くのは、成仏してからって
言ってたのに、泣いちゃった。
先輩、さようならって言わなかったな…
お墓参りでも行くか。
「…あれ?黒羽先輩のお墓…」
「あれ…?お葬式したっけ?」
「たしかあの後、?」
「え…?あれ?」
「綺麗やなぁ、って言って……」
「…え???」
六人が顔を見合わせる。桜の花びらが吹雪となって空を飛び回っていた。その中で、黒羽の存在がまるで風の中に溶け込んでいるかのように感じられた。
突然、こさめのスマホに一通のメッセージが届いた。差出人は表示されず、ただ一言だけ、
「ありがとう。これからも頑張ってな。」
六人は驚きながらも、そのメッセージを受け取った。黒羽の声が風に乗って彼らの耳に届いたかのようだった。
「先輩、ありがとう。」
桜の花びらが舞い散る中、こさめたちは笑顔で空を見上げた。黒羽の魂が、いつまでも彼らの側にいて、見守ってくれていることを感じながら。
「……な〜〜にしんみりしてんの??」
突然後ろから声がした。振り返ると、そこには黒いパーカー、黒いシャツ、青緑色の大きな帽子、そしてアコースティックギターを背負った人がいた。
「ふふ、言ったやろ。泣くのは成仏してから。うちは死ぬとは言ってへん!」
「え……!?」
それからその人は、にっこりと笑った。
六人は目を見開き、その人の顔をまじまじと見つめた。間違いなく黒羽だった。彼はにっこりと笑い、その姿はあの夏の日と変わ
らなかった。
「先輩……本当に生きてたんですか……?」
LANが震える声で尋ねた。黒羽は微笑んで頷いた。
「まぁ、ちょっとした奇跡ってやつかな。医者もびっくりしとったわ。」
暇72が涙を拭いながら言った。
「先輩、もう二度といなくならないでくださいよ……」
「約束する。これからも一緒や。」
黒羽は六人の頭を順に撫で、優しく笑った。その笑顔に、こさめたちの心は温かくなった。
「じゃあ、また一緒にやるか?曲も練習も、全部!」
「はい!!」
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番外編欲しかったら言ってください。書きます。