「黒羽先輩、なんでビール飲もうとしたんですか?」
部室の棚の上で黒羽は本を読んでいた。こさめに貸してもらった本で、サメが人間世界に転生するものだ。すちが棚の上にあがりながら尋ねた。この前のコンパを思い出す。たしかジョッキでビールを飲みそうになったのを、すちに止めてもらったのだ。
「あ〜…あれはなぁ。ジンジャーエールやと思っててん」
すちは黒羽の隣に座って、眠そうに頷いた。相槌がゆっくりしている。
「ぇえ…あ、でも先輩、ビールの匂いとジンジャーエールの匂いは全然違いますよ」
「ほんまに?あの時は匂いもよく分からんくらい疲れてたんやろなぁ」
黒羽は笑いながら言った。すちはそのまま棚にもたれかかり、静かに目を閉じた。
「まぁ、今度は間違えんように気をつけるわ。すち、もう寝るんか?」
「うん……ちょっとだけ……」
すちは小さな声で答えた。黒羽は本を閉じ、静かに棚の上の景色を見つめた。外では風が吹き、木々の葉が揺れている。部室の中は静かで、二人だけの時間がゆっくりと流れていた。
「……おやすみ」
「おやすみなさい、先輩……」
すちは目を閉じると、急に首がガクンと落ちた。びっくりしてすちを振り返る。気持ちよさそうに眠る後輩は、なんだか猫みたいだ。すちを横にして、隣の棚から毛布を引き摺り出し、すちにかける。ごにょごにょとなにか言っている。
「んん……みこちゃ〜……ん〜……」
「ッハハwwwwwww」
すちの寝言に思わず吹き出す。笑いが止まらない。
「は〜〜……すちおもろいなぁ」
そう言った瞬間、ドアがゆっくり開いた。みことがひょっこりと顔を出し、ドラムが置いてある場所に行く。スティックを持ち、ぼーっと天井を見ている。
「…あの模様、顔みたいやな…」
みことはゆっくりと視線を下ろし、黒羽とすちのいる棚を見る。その瞬間みことの顔が一気に青くなった。
「うわぁ!!!」
みことがドラムの椅子から落ちる。いてっ、と小さく呻き、黒羽を見上げる。
「せ、せんぱい!?すっちーも!気づかなかった…」
「はははwwwみこちゃんリアクション満点やね!」
「もう〜…びっくりさせないでくださいよぉ……」
「あ、さっきすっちーがみこちゃんの名前呼んでたでー」
「うぇ!?そうだったんだ…」
みことはドラムの椅子に座り直すと、スティックをくるくると回した。それを黒羽は微笑ましく見守っていた。
「みこちゃん、練習しに来たんか?」
「うん、ちょっとだけ。最近、猫が餌食べる時のリズムでパターン作ったんです!」
みことの目がキラキラと輝いている。無邪気に光る宝石みたいだな、と思った。
「ええなぁ。ウチも少し聞かせてもらおかな」
みことがスティックを手に、軽快なリズムを叩き始める。部室に響くドラムの音に、黒羽は耳を傾けながら、すちの寝顔をもう一度見て微笑んだ。
「音楽って、ほんまに不思議やな。こうして繋がって、続いていくんやもんなぁ」
その言葉に、みことはリズムを崩さずに頷いた。音楽の力が、彼らの絆をさらに強くしてくれると信じて。
コメント
3件
サメが人間世界に転生するってなんや?
あとでサメの小説も書こうと思います