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カースピーカーから、ラジオパーソナリティの軽快な笑い声が響く。
助手席に座る🌸はそれにつられてケラケラ笑っていて、俺はそれに苦笑いを混ぜた。
結局あの後🌸の押しに負けてしまって、今俺は自家用車のハンドルを握っていた。
永遠に渋る俺に🌸は痺れを切らしたのか、大の字に寝転がって子供のように駄々を捏ね出したので、流石に見苦しくなって海に行くことにした訳だ。
「いやーでも、堅治が運転出来るようになったなんて…!私感動してるよ!」
「へいへい、そりゃどーも。てか海、お盆真っ只中だから人多いかもよ?」
「いーの!堅治と一緒に行きたいだけだもん」
「…そ」
ふわりと笑って首を傾ける🌸は、本当にズルい奴だと思う。
🌸のそれで、俺の斜めになっていた機嫌が元に戻ってしまうのだから。
唇を尖らせて照れ隠しをしている俺を横目で見て、🌸は笑顔のままラジオを聴いていた。
《____続いてお送りする曲は…いやぁこれも懐かしいですね。すんごい流行りましたから、私も当時ずっと聴いてましたよ。切ない感じが素敵な曲ですよね。それでは次の曲。
My Little Loverで、Hello again〜昔からある場所〜___》
パーソナリティの声が鳴っていたカースピーカーからは、ゆっくりとした曲が流れ始めた。
🌸はその曲に「お、」と前のめりに反応して俺の方を向いた。
「…懐かしー、子供の頃めっちゃ流れてたやつ!」
「んな。流行ってたよな」
「好きなんだよね、これ。記憶の中でずっと二人は生きていけるって歌詞とかさ。なんか純愛みたいな」
「あー、なんか分かるわ…これって恋人と別れた曲だっけ?」
「まぁそうなんだけど、正確には恋人と…」
🌸はそこまで言って口を止めた。
急に声が聞こえなくなったのを心配して少し目線を下にやると、黒目が微かに揺れていて。
「…どうした、大丈夫?」
「ううん、なんでもない!恋人と別れた曲だった!堅治が合ってたよー。クソー!」
そう言って🌸は窓の桟に肘をつけながら、流れる景色を見詰めていた。
「それだけ?体調悪いとかだったら我慢すんなよ」
「ありがとう…優しいね、堅治」
「🌸にしかやらないけどな」
「ハハ、なにそれ!ズルい男だなぁ」
また🌸は、俺に優しい笑顔を向ける。少しの寂しさを含めて。
◻︎
「着いた!夏だ!海だ!砂浜だぁー!」
「あっちぃー…でも海サイコー!」
なんとか駐車場戦争を勝ち抜いて、俺らは海に辿り着いた。
夏の太陽に容赦なく皮膚をジリジリと焼かれ、火傷したように肌が暑くなっている。
しかし、そんな事も気にならない程、俺と🌸は目の前の海に興奮していた。
「堅治早く水着ちょうだい!」
「え、お前自分で持ってきてねーの?」
「え、うん。堅治なら持ってるかなーって」
「は!?持ってる訳無いだろ!」
「え!?なんで持ってないの!?」
「逆になんで持ってると思ったの?」
車のスイングドアを開けっぱなしのまま、えんえん嘆く🌸にわんわん反論する。
俺の腹をボカスカ殴る🌸の頭を片手で止めて、ため息をひとつ落とし呆れた。
通り過ぎて行く人達は、こちらを白い目で見ては早足で俺たちの前を去って行く。
いや、俺を変態扱いした🌸が悪いじゃん。別に言い合ってもいいだろ。
男も我慢できる理不尽には限度があんだよ。
他人を見て、またひとつため息が出る。
🌸はそんな俺を見ては、何か言いたそうに口を開いて分かりやすく目を泳がせた。
「堅治さ…私が幽霊ってこと忘れてない?
周りから見たら、あの、ただ一人で喋ってる変な人…だよ」
「え…あ。うわ、え、うわぁ、そうじゃん」
あまりの恥ずかしさに、一旦車の中へと避難した。
🌸はわざわざ一緒に車に入っては、隣で涙を流しながら「やば、腹捩れる」なんて爆笑していて、それがさらに俺の顔を熱くした。
「ガハハ!堅治、ほんと、面白すぎて死ぬ、アハハッ!」
「…まじで笑いすぎ、ふざけんな」
「ごめんってー、ごめんね?
ね、足だけでも海入りに行こうよ」
🌸はそう言ってスイングドアを開け、俺の腕を引っ張って砂浜へ向かった。
人は多いし、引っ張られてるから走り方変だし、それで人に変な目で見られるし、暑いし。
本当、嫌なことばっかり。
でも視線の先で🌸が無邪気に笑っているから、繋いだ場所から温もりを感じられるから、六年ぶりに一緒に海に行けたから。
嫌なことなんて、今は全部波が流してくれる。
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