テラーノベル
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午後、私は逃げるように地下の資料室へ向かった。
新プロジェクトの過去資料を探すという名目だったけれど
本当は真司の視線から一秒でも早く逃れたかった。
埃っぽい空気と、高い棚に囲まれた薄暗い空間。
ここならバクバクと五月蝿い心臓の音を誰かに聞かれる心配もない。
「……落ち着かなきゃ。あんなのただの揺さぶりよ」
自分に言い聞かせながら、重いファイルを引き出す。
その時、背後で重厚なドアが閉まる音がした。
「あ、すみません、すぐ終わりますから───」
振り返った言葉が、喉の奥で凍りつく。
そこに立っていたのは、探していた過去資料ではなく、私を追い詰めている張本人だった。
「……真司!」
「逃げるなよ。仕事の効率が落ちてんじゃないの?亜希さ」
真司はゆっくりと歩み寄り、私の目の前で足を止めた。
逃げようとした私の腕を、彼は逃さず掴んで棚へと押し付ける。
「やめて、誰かに見られたら……っ」
「鍵はかけた。……昨日、あんなに俺を求めてたのはどこの誰だよ」
彼の低い声が、狭い資料室に反響する。
眼鏡の奥の瞳は、仕事中の冷徹さなんて微塵も残っていない。
獲物を追い詰めた肉食獣そのものの熱を帯びていた。
「あ、あれは…失恋のショックで、誰でも良かっただけで……」
心にもない嘘を吐いた瞬間、彼の顔が驚くほど近くに迫った。
強い力で顎を上向かされ、呼吸が止まる。
「『誰でもいい』? ……嘘つけ。亜希、昨日俺に抱かれながら、何度も元カレの名前呼んでたし」
「っ……!」
図星だった。
昨夜、私の頭を支配していたのは、裏切った元カレへの憎しみと執着。
「だから…萎えたし、本当のこと言うとなんもしてないから」
「はっ?!なにそれ、どういうこと?」
「だーかーらー…手出してないっつってんの」
「逆になんでよ?!」
「慰めが欲しいなら、俺がいくらでもやる。だけど……他の男で代用しようとするのは許さないってだけ。お前、ずっと俺が狙ってたの、気づいてなかっただろ」
「へっ…え、狙って、た?」
瞬間
真司の唇が、私の耳たぶを甘く噛んだ。
「同期」という安全な境界線が、音を立てて崩れていくのが分かった。
もう、仕事仲間の顔なんてできない。
「……マジで警戒心なさすぎ」
迫りくる彼の体温に、私は抗うこともできず
ただ熱い吐息を漏らすことしかできなかった。
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