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この場所もまた、誰かの居場所になっていくのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎった時には、自分でも少し驚いていた。
つい数日前まで研究所で暮らしていた人間が、今では半魔と魔獣の避難先を眺めながらそんなことを考えているのだから不思議なものだ。
もっとも、その考えを口に出す気はなかった。
今の住人達に必要なのは希望より休息だろう。
長時間の移動を終えた避難民達は、それぞれ寝床になりそうな場所を探し始めていた。岩陰に荷物を置く者もいれば、簡単な風除けを作ろうとしている者もいる。
北方森林群から流れてきた魔獣達も同じだった。
疲れ切った身体を横たえ、ようやく辿り着いた休息の場所を確かめるように目を閉じている。
その姿を見ていると、本当に避難民なのだという実感が湧いてきた。
「予紬さん」
隣にいたしゆらが小さく袖を引く。
視線を向けると、少し離れた場所を見ていた。
その先には大和と千代がいる。
「どうした」
「大和さんです」
そう言われて改めて見る。
大和は住人達の様子を確認しながら歩き回っていた。
怪我人がいれば声を掛け、魔獣達の状態も見て回り、見張りの配置まで決めている。
避難してきた全員が休み始めているというのに、長だけは休む気配がない。
「ずっと動いていますね」
しゆらの声には心配が混じっていた。
俺も同じことを思っていた。
森を出る前からそうだ。
人間軍が来た時も。
避難を決めた時も。
移動中も。
ずっと動いている。
「長だからな」
そう答えたものの、自分でも説得力はないと思った。
長だから休まないのではない。
休めないのだろう。
大和自身が。
その時だった。
大和がふらついた。
本当に一瞬だった。
だからほとんどの者は気付かなかっただろう。
だが俺としゆらは見た。
そして。
千代も見ていた。
少し離れた場所にいたはずなのに、次の瞬間には大和の隣へ移動している。
何かを言っているらしい。
大和は首を横へ振った。
千代はさらに何か言う。
大和はまた首を横へ振る。
そのやり取りがしばらく続いた後、千代は不機嫌そうな顔になった。
#フライギ
にもあえ
229
葉菜
26
「怒ってるな」
思わず呟く。
しゆらが苦笑した。
「心配しているんだと思います」
その言葉に納得する。
怒っているのではない。
心配しているのだ。
ただ、それを上手く表現できないだけなのだろう。
結局、大和は折れる気配がなかった。
千代も最後には諦めたらしく、大きなため息を吐いている。
だが離れない。
そのまま隣を歩き続けていた。
「本当に仲が良いですね」
「そうだな」
「羨ましいです」
何気なく返ってきた言葉に視線を向ける。
しゆらは真面目な顔をしていた。
どうやら本気らしい。
「そうか?」
「そうです」
即答だった。
「大切な人のことをあんなに心配できるのは素敵だと思います」
そう言って微笑む。
その横顔を見ながら、ふと思う。
こいつは気付いていないのだろうか。
研究所が崩壊してから今日まで、俺がどれだけしゆらの様子を気にしていたのか。
怪我はないか。
眠れているか。
無理をしていないか。
そんなことばかり考えていた気がする。
だが、それを口に出すのも何となく気恥ずかしい。
結局何も言わないまま視線を逸らした。
しゆらも追及しない。
ただ少しだけ肩が触れる位置へ近付いてくる。
その距離感に文句を言う気もなかった。
やがて日が傾き始める。
山の影が伸び、避難地全体がゆっくりと薄暗くなっていく。
その頃になってようやく大和が中央へ戻ってきた。
住人達も自然と集まる。
話があるのだろう。
そう思ったのは俺だけではなかったらしい。
焚き火代わりの火を囲みながら、半魔達も魔獣達も静かに大和を見る。
そして大和はしばらく全員の顔を見渡した後、静かに口を開いた。
「北方森林群について分かったことがある」
その一言で空気が変わる。
誰も喋らない。
大和は続ける。
「逃げてきた魔獣達の状態と移動経路から判断する限り、北方森林群は既に放棄されている可能性が高い」
重い沈黙が落ちた。
予想していた者もいただろう。
それでも実際に言葉にされると重みが違う。
夜哭きの森だけではない。
別の森も失われた。
それはつまり。
自分達だけが追われている訳ではないということだった。
大和の黒い瞳が焚き火の向こうで静かに揺れる。
「そして」
その声は低かった。
「もし北方森林群が人間によって失われたのだとすれば、次に狙われる場所もまた増えるだろう」
誰も反論しない。
できない。
皆、同じ結論へ辿り着いてしまったからだ。
逃げ続けるだけでは限界がある。
その現実が、少しずつ形を持ち始めていた。
大和の言葉が終わったあとも、その場にいた誰もすぐには口を開かなかった。
焚き火の火が静かに揺れている。
避難を終えたばかりの住人達は疲れ切っていたし、北方森林群から流れてきた魔獣達もようやく落ち着き始めたところだった。
そんな重苦しい空気を破ったのは、見張りへ出ていた半魔だった。
慌てた様子で駆け込んでくる。
だが、その顔は人間軍を発見した時のものとは少し違っていた。
「長!」
息を切らしながら叫ぶ。
「北側じゃ!」
大和が立ち上がる。
千代も同時だった。
「何があった」
「人じゃ!」
その言葉に全員が反応する。
人間か。
そう思った。
だが次の言葉が違った。
「半魔じゃ!」
周囲がざわめく。
大和と千代が顔を見合わせる。
そしてすぐに数人を連れて現場へ向かった。
俺も後を追う。
しゆらも当然のようについてきた。
北側の川沿いへ出ると、そこには数人の半魔が倒れていた。
酷い有様だった。
衣服は破れ、身体中に傷がある。
まともに歩ける者はほとんどいない。
中には意識を失っている者までいた。
そして。
その姿を見た瞬間、周囲の魔獣達がざわつく。
知り合いなのだろう。
北方森林群から来た魔獣達が半魔達の傍へ駆け寄り、鼻を鳴らしながら無事を確かめている。
「生存者か」
大和が静かに呟く。
その声には安堵も混じっていた。
全滅ではなかった。
それだけでも大きい。
「予紬さん」
しゆらがこちらを見る。
言われるまでもなかった。
俺はすぐに怪我人の元へ向かう。
治療を始めると、状況は想像以上に酷かった。
切り傷。
打撲。
骨折。
だが奇妙なことに、どれも人間との戦闘でよく見る傷ばかりだった。
魔獣によるものではない。
半魔同士でもない。
軍だ。
しかもかなり統率された部隊による攻撃だと分かる。
「水を」
そう言うと、しゆらがすぐに持ってくる。
言葉にする前から動いていた。
最近は本当に息が合う。
治療を続けているうちに、一人の半魔が目を覚ました。
年齢は三十前後だろうか。
顔色は悪い。
だが意識ははっきりしている。
大和が膝をつく。
「北方森林群か」
男はゆっくり頷いた。
「……ああ」
声も掠れている。
それでも話そうとしていた。
「何があった」
大和が尋ねる。
男はしばらく黙り込んだ。
思い出したくないのだろう。
だがやがて諦めたように口を開く。
「人間だ」
誰も驚かない。
予想はしていた。
だが次の言葉で空気が変わる。
「真っ直ぐ来た」
男は震える声で続けた。
「結界も」
「隠し道も」
「全部だ」
その場が静まる。
「迷わなかった」
男の瞳には今も恐怖が残っていた。
「今までなら辿り着けなかった」
「辿り着けるはずがなかった」
その言葉を聞きながら、頭の中で何かが引っ掛かる。
夜哭きの森。
迷い霧。
北方森林群。
結界。
そして人間軍。
どれも別の話のはずだった。
少なくとも普通なら。
「予紬さん?」
しゆらの声で我に返る。
どうやら黙り込んでいたらしい。
「いや」
首を振る。
まだ分からない。
何かがおかしい。
だが何がおかしいのか説明できない。
研究所にいた頃、よくこんな感覚があった。
結果だけを見ると成立している。
理論も存在する。
だが途中が繋がらない。
そういう時は大抵、どこかに見落としている前提がある。
男はさらに続ける。
「魔獣避けも効かなかった」
「警戒網も突破された」
「気付いた時には囲まれていた」
焚き火の向こうで住人達が息を呑む。
大和も黙って聞いている。
千代の表情は険しい。
だが俺の頭の中では別のことが引っ掛かっていた。
迷い霧。
結界。
魔獣避け。
それぞれ仕組みが違う。
性質も違う。
対策方法も違う。
それなのに。
結果だけ見ると、どれも同じように突破されている。
まるで。
そこまで考えたところで思考を止める。
証拠がない。
仮説ですらない。
ただの違和感だ。
それでも胸の奥に小さな棘のようなものが残る。
技術の進歩という言葉で片付けるには、何かが妙に噛み合いすぎていた。
焚き火の火が揺れる。
避難地には再び重い空気が流れていた。
その中で俺だけが、北方森林群の話ではなく、別の何かについて考え始めていた。
コメント
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うわあ…第28話、めっちゃ重くてでも美しい回だったね😭💕 大和がふらついた瞬間、千代が一瞬で隣に飛んでったとこ、心臓ギュッてなったよ…。言葉じゃなくて行動で示すのが彼女らしくて、でも不機嫌そうな顔が“心配してる”って伝わってくるの尊すぎる…! 予紬としゆらの距離感もじわじわ来た…。「最近は本当に息が合う」って心の中で思ってるところ、ああいうの大好き。しゆらが気づいてないのがまたいいんだよね〜! そして終盤の「迷わなかった」「全部突破された」の違和感…。 予紬が引っかかってる“見落としてる前提”がなんなのか、めっちゃ気になる!! 続きが待ちきれないよ〜〜😭✨